中東遠総合医療センター

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Japanese Map symbol (Hospital) w.svg 掛川市・袋井市病院企業団立
中東遠総合医療センター
情報
正式名称 掛川市・袋井市病院企業団立
中東遠総合医療センター
英語名称 Chutoen General Medical Center
前身 掛川市立総合病院 および 袋井市民病院
標榜診療科 33科
許可病床数

500床
一般病床:496床


感染症病床:4床
職員数 999
開設者 掛川市・袋井市新病院企業団
管理者 宮地正彦(企業長・病院長)
開設年月日 2013年平成25年)5月1日
所在地
436-8555
静岡県掛川市菖蒲ヶ池1番地の1
位置 北緯34度45分23.4秒
東経137度59分53.5秒
二次医療圏 中東遠
PJ 医療機関
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掛川市・袋井市病院企業団立中東遠総合医療センター(かけがわし・ふくろいしびょういんきぎょうだんりつちゅうとうえんそうごういりょうセンター、英語Chutoen General Medical Center)は、静岡県掛川市に所在する総合病院特別地方公共団体である掛川市・袋井市病院企業団により管理・運営される。

概要[編集]

東海地震が発生した場合、影響を受ける地域であること、近隣の御前崎市には、浜岡原子力発電所の立地もあることから、災害拠点病院としての機能も備えている[1]。日経ビジネスオンラインによる、2015年の病院経営力ランキングでは全国22位となった[2]

沿革[編集]

1979年に開院した袋井市民病院、1984年に開院した掛川市立総合病院はいずれも老朽化しており、建替えが浮上していた[1]

今後の病院のあり方に関する検討委員会が、袋井市では2006年2月、掛川市では同年8月に発足し、民間総合病院が立地していない中東遠医療圏の既存病床が過剰気味であること、資源の分散されたままでは、医療スタッフの確保が難しいことから、広域的な取り組みが望ましいと提言がなされた[1]

その後、掛川市郊外に統合した新病院を建設することが決定、2009年1月に掛川市、袋井市の両市長によって「新病院建設に関する協定書」が締結され、全国で最初の市立病院同士の統合が決定された。総事業費225億円のうち、掛川市が6割、袋井市が4割を分担した[1]。同年12月には、中東遠地域医療再生計画に対して、地域医療再生基金25億円、新病院にも9.3億円の交付が内定された[3]

浜松医科大学の寺尾俊彦学長や、名古屋大学医学部附属病院長の松尾清一がリーダーシップを発揮し、2013年5月1日に開院した[4]。開院時の医師は93人(嘱託5人、研修医8人)、開院1年後は103人(嘱託4人、研修医11人)となり、目標としていた100人を超えた[5]

旧二病院では、夜間は当直の医師2人で診療を行っていたが、新病院では救急科(救急センター)を設置し、専門医2人を含む医師5人体制を実現させた[6]

病院統合後の跡地[編集]

袋井市民病院の跡地には、2013年6月、後方支援病院である袋井市立聖隷袋井市民病院が開院、掛川市立総合病院跡地にも、2015年4月に介護老人保健施設や静岡県立掛川特別支援学校、認可保育所などを併設した民間病院が開院する[7][8]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d 「まちなか集積医療」事例調査報告 -静岡県袋井市・掛川市/再編統合- (PDF)”. 総合研究開発機構. 2015年6月27日閲覧。
  2. ^ 22位 中東遠総合医療センター”. 日経ビジネスオンライン (2015年5月31日). 2015年6月27日閲覧。
  3. ^ 二つの市立病院統合で地域医療再生を目指す地域中核病院 (PDF)”. 大塚薬報 (2014年10月号). 2015年6月27日閲覧。
  4. ^ 第512回 健康と命の砦「中東遠総合医療センター」への期待
  5. ^ 開院から1年 中東遠総合医療センター<上> 医師確保”. 中日新聞 (2014年5月15日). 2015年6月27日閲覧。
  6. ^ 開院から1年 中東遠総合医療センター<中> 救急医療”. 中日新聞 (2014年5月16日). 2015年6月27日閲覧。
  7. ^ 開院から1年 中東遠総合医療センター<下> 地域医療”. 中日新聞 (2014年5月17日). 2015年6月27日閲覧。
  8. ^ 会派行政視察報告書「新病院開院後の旧病院の活用について」 (PDF)”. 知多市議会 (2014年2月). 2015年6月27日閲覧。