中津橋

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中津橋
Nakatsu-bashi1.JPG
基本情報
日本の旗 日本
所在地 長野県佐久市
交差物件 信濃川(千曲川)
建設 1931年
座標 北緯36度16分14秒 東経138度25分7秒 / 北緯36.27056度 東経138.41861度 / 36.27056; 138.41861
構造諸元
形式 3径間上路式ゲルバートラスト
材料
全長 130m
5.5m
関連項目
橋の一覧 - 各国の橋 - 橋の形式
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Nakatsu-bashi2.JPG

中津橋(なかつばし)は、長野県佐久市千曲川(信濃川)に架かるで、日本百名橋に選ばれた。かつての中山道にあたる。

概要[編集]

今日ある橋は、1931年に架けられたものである。1970年に歩道が設けられ、さらに1996年12月に歩道橋と中津橋公園が上流側に造られた。中部北陸自然歩道の「蓼科山麓と松並木の道」(15.3Km) の一部をなす。

歴史[編集]

江戸時代初期、川中の岩と岩の間に木材を架けた「投渡し橋」という平橋があった。橋の木材や人足を提供するため、約100の村が参加した「橋組合村」が設けられた。

「近郷無類の荒川」といわれた千曲川は、1年に5回ほど氾濫し、旅人や参勤交代の大名を足止めにした。1721年には、川中の岩が流されたため翌年、御馬寄(左岸)側を刎橋、塩名田(右岸)側を平橋にする。1744年には、船を連結させる「船渡し」にするが、その度に流され、平均すると2年に1回は流されたことになるという。

明治時代の1871年に80文の有料橋となり、2年後、民間の船橋会社(「船つなぎ石」でとめた船の上に板をつけた橋)を経て官営となる。 1893年4月、近代的な木橋が架けられ、中津橋と命名された。方丈式の木橋(1910年3月)を経て、今日ある橋が架けられた。

参考文献[編集]

  • 松村博『日本百名橋』鹿島出版会
  • 現地の案内看板

関連項目[編集]