中野洋司

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中野 洋司 Football pictogram.svg
名前
愛称 ヒロ
カタカナ ナカノ ヒロシ
ラテン文字 NAKANO Hiroshi
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1983-10-23) 1983年10月23日(35歳)
出身地 佐賀県佐賀市
身長 174cm[1]
体重 69kg[1]
選手情報
ポジション DF(CB、SB)
利き足[1]
ユース
2002-2005 筑波大学
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2006-2010 アルビレックス新潟 59 (0)
2011-2012 横浜FC 42 (0)
2013-2015 栃木SC 26 (0)
代表歴
2001  日本 U-18
1. 国内リーグ戦に限る。2016年1月20日現在。
■テンプレート(■ノート ■解説■サッカー選手pj

中野 洋司(なかの ひろし、1983年10月23日 - )は、佐賀県佐賀市出身の元サッカー選手。ポジションはディフェンダーセンターバックサイドバック)。

来歴[編集]

2001年、U-18日本代表に選出。プロ入り前は攻撃的ミッドフィールダーのポジションで活躍し、高校時代はトップ下、筑波大学入学当初はサイドハーフでプレーしていたが、やがてディフェンダーに転向。大学では、来栖由基秋葉陽一藤本淳吾阿部翔平と同期だった。

2006年アルビレックス新潟に入団。同期に移籍加入したDF永田充の負傷離脱によりCBのレギュラーポジションを獲得し、小柄ながらも強力なヘディング、優れた状勢判断から俊足を生かしたカバーリングで相手のカウンターを防ぎ、チームにとって必要不可欠な存在となった。

2007年は選手会長を務めるも、その後は出場機会は減少。選手会長の座も同じポジションの内田潤に渡し、2009年、背番号を入団当初の26番に戻した2010年はリーグ戦には8試合しか出場できなかった。

2011年より、横浜FCに完全移籍。 2013年シーズンより、栃木SCに完全移籍。2015年シーズンをもって現役を引退した[1]

エピソード[編集]

  • 大学卒業時、アルビレックス新潟の他にサガン鳥栖からもスカウトを受け、J1か地元かで迷っている事を大学の先輩である井原正巳に相談し、新潟への入団を決めた。

所属クラブ[編集]

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2005 筑波大 9 - - - 2 0 2 0
2006 新潟 26 J1 25 0 6 0 2 0 33 0
2007 7 0 2 0 1 0 10 0
2008 2 11 0 3 0 1 0 15 0
2009 8 0 2 0 1 0 11 0
2010 26 8 0 4 0 1 0 13 0
2011 横浜FC J2 33 0 - 1 0 34 0
2012 9 0 - 1 0 10 0
2013 栃木SC 6 0 - 0 0 6 0
2014 8 0 - 0 0 8 0
2015 12 0 - 1 0 13 0
通算 日本 J1 59 0 17 0 6 0 82 0
日本 J2 68 0 - 3 0 71 0
日本 - - 2 0 2 0
総通算 127 0 17 0 11 0 155 0

代表歴[編集]

指導歴[編集]

  • 2016年 - 鹿島アントラーズ
    • 2016年 - 2018年 ジュニアユースコーチ
    • 2019年 - ジュニアユース監督

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i “中野洋司選手 現役引退のお知らせ” (プレスリリース), 栃木SC, (2016年1月18日), http://www.tochigisc.jp/news/article/00007263.html 2016年1月20日閲覧。 

関連項目[編集]