中野登美雄

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中野 登美雄(なかの とみお、1891年7月13日 - 1948年5月21日)は、日本の法学者。専門は公法学

人物[編集]

北海道札幌市出身。1916年早稲田大学政経科卒。アメリカでウィロビー、ドイツでアンシュッツ、フランスでジェーズに学び、1923年母校の助教授、翌年教授。1936年法学博士(早稲田大学)(学位論文「統帥権の独立」)。その後政経部長などを経て1944 - 1946年総長を務めたが、2年後に57歳で死去。

戦後、大日本言論報国会理事であったことを理由として公職追放を受けている[1]

主著「統帥権の独立」「戦時の政治と公法」は、軍国主義時代における理論的憲法学の一つの成果とされる。

息子には中野徹雄、孫にはアメリカ研究者の中野聡がいる。

著作[編集]

  • Ordinance Power of the Japanese Emperor,1923
  • 『国法及び国法史の研究』(敬文堂、1929年)
  • 『法律綱要—公法編』(雄風館書房、1932年)
  • 『統帥権の獨立』(有斐閣、1934年)
  • 『憲法講義』(早稲田大学出版部、1938年)
  • 『戦時の政治と公法』(東洋経済出版部、1940年)
  • 『日本翼賛体制』(新公論社、1941)
  • 『国防体制法の研究』(理想社、1945年)

脚注[編集]

  1. ^ 総理庁官房監査課編 『公職追放に関する覚書該当者名簿』 日比谷政経会、1949年、418頁。NDLJP:1276156 

参考文献[編集]