中野隆良

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中野隆良
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 千葉県(出生は兵庫県
生年月日 (1940-11-17) 1940年11月17日(77歳)
所属団体 日本中央競馬会
初免許年  1974年1975年開業)
引退日 2009年2月28日
通算勝利 5826戦623勝
重賞勝利 中央40勝/地方9勝
G1級勝利 8勝
経歴
所属 中野吉太郎/調教助手(1966 - 1974)
美浦T.C.(1974 - 2009)
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中野 隆良(なかの たかお、1940年11月17日 - )は千葉県出身(出生は兵庫県)の元調教師

父は元調教師の中野吉太郎。柴田善臣、南田美知雄(現・調教師)、田口大二郎(現・調教助手)、佐藤年毅(現・調教助手)は元所属騎手。

略歴[編集]

市川中学校・高等学校明治大学卒業後、1966年に父・吉太郎の厩舎で調教助手となる。1974年に調教師免許を取得し、1975年に開業。同年9月7日中山第8競走のヒコノクロカゲ(6着)で初出走を果たし、11月9日福島競馬第10競走でのクリキロク(のべ11頭目)で初勝利を挙げる。同年はこの1勝で終わる。1976年にはグリーングラスが父の厩舎から転厩し、八大競走菊花賞重賞初勝利を達成。

2009年2月、定年まで2年を残しながらも月末に行われる調教師免許の更新を行わずに引退することを表明、その際にマスコミに対して「時代の流れについていけなくなった」とコメントしている。

同月にヒシポジションが共同通信杯に出走したが、横山典弘が違和感をもち競走中止。これが最後の重賞出走となった。 中野厩舎最後のレースとなった初音ステークス(1600万下条件戦)のアクロスザヘイブンも共同通信杯同様に横山が騎手を務め、9着に終わった。

調教師成績[編集]

通算成績 1着 2着 3着 騎乗数 勝率 連対率
平地 613 590 555 5732 .107 .210
障害 10 7 12 94 .106 .181
623 597 567 5825 .107 .208
日付 競走名 馬名 頭数 人気 着順
初出走 1975年9月7日 - ヒコノクロカゲ - - 6着
初勝利 1975年11月9日 - クリキロク - - 1着
重賞初出走 1976年5月9日 NHK杯 グリーングラス 16頭 5 12着
GI級初出走・初勝利 1976年11月14日 菊花賞 グリーングラス 21頭 12 1着

代表管理馬[編集]

※太字はGI級レース

主な厩舎所属者[編集]

※太字は門下生。括弧内は厩舎所属期間と所属中の職分。

  • 南田美知雄(1978年-1982年 1986年-1990年 騎手、1990年-1994年 調教助手)
  • 柴田善臣(1985年-1993年 騎手)
  • 田口大二郎(1994年-? 騎手)
  • 佐藤年毅(1999年-2002年 騎手)

柴田とは、フリーになる際にわだかまりがあったため、一時期まったく騎手に起用せず疎遠になっていた時期もあった。のちに和解している。

関連項目[編集]