亀ヶ岡式土器

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

亀ヶ岡式土器(かめがおかしきどき)は、亀ヶ岡遺跡青森県つがる市)の土器を基準とする縄文時代晩期の東北地方、南北海道の土器の総称。

概要[編集]

亀ヶ岡式文化(かめがおかしきぶんか)は、今から約3000年ほど前に始まり、紀元前3-4世紀に終末を迎えた。亀ヶ岡式土器の大きな特徴は、様々な器形に多様で複雑怪奇な文様が描かれ、赤色塗料が塗布されている点である。時間の経過とともに、器種構成や文様、装飾、器形などか順次変化していくことが確認されている。

分布域は北奥羽地方を中心に、おおむね南は福島県から北は渡島半島までであるが、関東地方北陸地方、北海道道央部においても同様の土器がしばしば出土する。西日本でもみられる土器だが出土は限られている[1]2017年には亀ヶ岡遺跡から約2000km離れた沖縄県北谷町の平安山原B遺跡から出土しており製作地や沖縄に運ばれた背景をめぐって議論がある[1]

文献[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]