二十世紀音楽研究所

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二十世紀音楽研究所(にじっせいきおんがくけんきゅうじょ)とは日本の前衛音楽集団の一つ。

概要[編集]

1957年3月30日諸井誠黛敏郎入野義朗柴田南雄ら7人が自分たちの作品を発表する場として、ドナウエッシンゲン音楽祭をモデルに設立。渉外担当と取りまとめ役として吉田秀和が参加した。

講習会を伴うセミナー型音楽祭「現代音楽祭」を長野県軽井沢町で毎年主催。この音楽祭では、当時まだ日本では演奏される機会が少なかったシェーンベルクヴェーベルンベルクの作品を必ず演奏した。第2回目から作曲コンクールをも開始。

第4回(1961年)から最終回となる第6回(1965年)までは隔年形式となり、大阪京都東京を巡回しつつ開催するようになる。やがて講習会を廃止し、コンサート型の音楽祭となった。

設立4年目に音楽祭で武満徹の室内楽曲『環(リング)』を演奏。これについて、吉田秀和は「私たちが音楽祭をやってきたのも、すべてこの音楽が生まれてくるための下働きだった。二十世紀音楽研究所の仕事は、武満を見出したことでもって、目的達成したようなものだ」と評し、物議をかもした。

参考文献[編集]

  • 柴田南雄「『第1回現代楽祭』白書」(『音楽芸術』1957年11月号)
  • レコード芸術編『吉田秀和 音楽を心の友と』p.39-40(音楽之友社、2012年)