二村忠元

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二村 忠元(にむら ただもと、1917年 - 1982年)は、日本の工学者。東北大学名誉教授。専門は電気音響工学

略歴・人物[編集]

長野県出身。旧制松本第二中学(現長野県松本県ヶ丘高等学校)、旧制松本高校を経て、1940年(昭和15年)京都大学工学部電気工学科卒業。 東京大学東北大学で1年間研究に従事した後、1941年(昭和16年)から1945年(昭和20年)まで、創設時の京城帝国大学理工学部助教授を務める。 1946年(昭和21年)、東北大学助教授。1951年(昭和26年)、東京大学から理学博士の学位を取得。1955年(昭和30年)、東北大学教授に昇任 [1]。 ダイナミックスピーカーの改良、スピーカアレイの設計法、残響可変装置、電気的な残響付加装置など先進的な研究に取り組む。 他にも室内音響設計に積極的に取り組み、代表的なものだけでも、CBCホール、名鉄ホール杉並公会堂札幌市民会館や、 仙台市内では、電力ホール、東北大学川内記念講堂宮城県民会館仙台市民会館などがあげられる。

日本音響学会の副会長(1971-1973)、会長(1977-1979)を歴任。 1975年には仙台で、騒音に関する総合的な国際会議である「internoise75」を開催。これが契機となり、1976年に日本騒音制御工学会が創立されると、 初代副会長、後に会長(1980-1982)を務める。 1955年には「拡声器」「室内音響」「騒音防止」に関する業績により河北文化賞を受賞。 1980年に停年退官後、東北学院大学工学部に着任したが、惜しくも1982年12月に、当時、東北新幹線の始発駅であった大宮駅で亡くなる [2]

参考文献[編集]

出典・脚注[編集]

  1. ^ 東北大学 電気・通信・情報同窓会だより「二村先生御退官」
  2. ^ 東北大学教授 鈴木陽一「二村研究室の時代」