五島市立玉之浦小学校

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五島市立玉之浦小学校
過去の名称 第五大学区第五中学区玉之浦小学校
公立中等玉之浦小学校
尋常玉之浦小学校
玉之浦尋常小学校
玉之浦尋常高等小学校
玉之浦第一尋常高等小学校
玉之浦町第一国民学校
玉之浦町立玉之浦第一小学校
玉之浦町立玉之浦小学校
国公私立の別 公立学校
設置者 五島市
併合学校 五島市立平成小学校
設立年月日 1875年明治8年)5月10日
共学・別学 男女共学
学期 3学期制
所在地 853-0503
長崎県五島市玉之浦町小川1130番地1
外部リンク 公式サイト
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五島市立玉之浦小学校(ごとうしりつ たまのうらしょうがっこう, Goto City Tamanoura Elementary School)は、長崎県五島市玉之浦町玉之浦にある公立小学校。略称は「玉小」(たましょう)。

2019年平成31年)4月に五島市立平成小学校を統合し、校舎は五島市立玉之浦中学校に併設された[1]

概要[編集]

歴史
1875年明治8年)に開校した「玉之浦小学校」を前身とする。2015年平成27年)に創立140周年を迎える。
校章
八稜鏡(はちりょうきょう)の絵を背景にして、中央に校名の「玉小」の文字(縦書き)を置いている。
校歌
作詞は西村水禽子、作曲は原格太郎による。歌詞は3番まであり、1番に校名の「玉の浦」が登場する。
校区
住所表記で五島市玉之浦町の後に「玉之浦、立谷(たちや)、大宝(だいほう)、小川、中須(なかす)、幾久山(いっくやま)、上の平(かみのひら)、布浦(ぬのうら)、荒川、丹奈(たんな)、頓泊(とんとまり)」が続く地区。
中学校区は五島市立玉之浦中学校[2]

沿革[編集]

前史
正史
  • 1875年(明治8年)5月10日 - 「第五大学区第五中学区[4]玉之浦小学校」が開校。
    • 現校門付近(西方寺下)の住宅を校舎とする。初代校長に市村喜代助が就任。
  • 1879年(明治12年)12月 - 初等・中等の2科を設置し、「公立中等玉之浦小学校」に改称。
  • 1882年(明治15年)2月 - 丹奈・荒川・中川・幾久山・大宝の5校を統合し、分校とする。
  • 1886年(明治19年)6月 - 小学校令の施行により、尋常科(修業年限4年)を設置し「尋常玉之浦小学校」に改称。
    • 丹奈・荒川・中川・幾久山・大宝の5分校が簡易小学校として独立。
  • 1889年(明治22年)4月 - 町村制の施行により、玉之浦村立の小学校となる。
  • 1893年(明治26年)4月 - 「玉之浦尋常小学校」に改称(「尋常」の位置が変更になる)。
  • 1899年(明治32年)4月27日 - 高等科(修業年限4年)を設置し「玉之浦尋常高等小学校」に改称。
  • 1908年(明治41年)4月 - 小学校令の改正により、義務教育年限(尋常科の年限)が4年から6年に延長される。
    • 尋常科(4年)・高等科(4年)が尋常科(6年)・高等科(2年)となる。
    • 旧高等科1年を尋常科5年に、旧高等科2年を尋常科6年に、旧高等科3年を高等科1年、旧高等科4年を高等科2年とする。
  • 1925年(大正14年)4月14日 - 午前3:30出火の火災で第2校舎4教室を焼失。
  • 1926年(大正15年)4月2日 - 6教室を増築。
  • 1928年(昭和3年)5月10日 - 校旗と校歌を制定。
  • 1931年(昭和6年)6月4日 - 在籍児童数が835名[5]を記録する。
  • 1933年(昭和8年)11月3日 - 玉之浦村の町制施行により、玉之浦町立の小学校となる。
  • 1934年(昭和9年)
    • 3月 - 「玉之浦第一[6]尋常高等小学校」に改称。
    • 6月 - 校舎を増築。
  • 1941年(昭和16年)4月1日 - 国民学校令の施行により、「玉之浦町第一国民学校」に改称。尋常科を初等科に改め、初等科6年・高等科2年とする。
  • 1943年(昭和18年)8月20日 - 午後4:55 大暴風で北側校舎4教室が倒壊。
  • 1945年(昭和20年)
    • 4月 - 高等科、学校での授業を休止。
    • 9月 - 高等科、学校での授業を再開。
  • 1947年(昭和22年)4月1日 - 4月1日 - 学制改革(六・三制の実施)が行われる。
    • 旧・玉之浦町第一国民学校の初等科が改組され、「玉之浦町立玉之浦第一小学校」となる。
    • 旧・玉之浦町第一国民学校の高等科が改組され、玉之浦町立玉之浦第一中学校新制中学校)となり、当初小学校に併設される。
  • 1949年(昭和24年)11月5日 - 中学校の校舎が完成し移転。併設を解消。
  • 1950年(昭和25年)7月 - PTAが発足。
  • 1951年(昭和26年)
    • 4月1日 - 「玉之浦町立玉之浦小学校」に改称[7]
    • 10月14日 - ルース台風により南側旧校舎が倒壊。
  • 1953年(昭和28年)5月21日 - 新校舎2教室が完成。
  • 1954年(昭和29年)7月10日 - 保健室が完成。
  • 1955年(昭和30年)
    • 5月10日 - 創立80周年を記念して校歌を改定。地域より校旗の寄贈を受ける。
    • 6月7日 - ピアノを購入。
  • 1956年(昭和31年)9月12日 - 台風により屋根・運動場に甚大な被害を受ける。
  • 1957年(昭和32年)3月 - 校舎復旧護岸工事が完了。
  • 1958年(昭和33年)7月 - 放送施設を完備。
  • 1960年(昭和35年)11月 - 上水道が開通。
  • 1962年(昭和37年)11月 - 飼育舎と養魚槽を設置。
  • 1963年(昭和38年)
    • 5月 - へき地集会所が完成。
    • 10月 - 給食室が完成。
  • 1966年(昭和41年)4月 - 鉄筋コンクリート造3階建て校舎が完成。
  • 1968年(昭和43年)
    • 2月 - 給食室の移転を完了。
    • 8月 - 観察池が完成。
  • 1975年(昭和50年)- 創立100周年を迎える。
  • 1980年(昭和60年)3月 - 卒業記念カプセル、御影石製校門札、裏門を設置。
  • 1991年(平成3年)7月29日 - 台風9号によりへき地集会所が使用不能となり解体。
  • 1997年(平成9年)11月 - 体育館が完成。
  • 1998年(平成10年)7月 - パソコンを設置。
  • 2000年(平成12年)4月 - インターネットが開通。
  • 2003年(平成15年)
    • 2月 - 下足箱を移動し、正面玄関からの出入りを開始。
    • 4月 - 木造校舎を図工室・家庭科室として使用。
  • 2004年(平成16年)8月1日 - 「五島市立玉之浦小学校」と改称。
  • 2005年(平成17年)4月 - 完全給食を開始。5学級(複式1学級)編成とする。
  • 2006年(平成18年)4月 - 4学級編成(複式2学級)編成とする。
  • 2009年(平成21年)7月 - AEDを設置。
  • 2010年(平成22年)4月 - 3学級(完全複式)とする。
  • 2011年(平成23年)6月 - 耐震化工事を開始。
  • 2014年(平成26年)4月 - 特別支援学級を開設。
  • 2019年(平成31年)4月1日 - 五島市立平成小学校を統合。なお統合後の校舎は五島市立玉之浦中学校に併設される[1]
    • 移転前の校地 - 〒853-0411 長崎県五島市玉之浦町玉之浦797番4号(地図

交通アクセス[編集]

旧・玉之浦小学校
最寄りのバス停
最寄りの道路
  • 長崎県道50号玉之浦大宝線

周辺[編集]

旧・玉之浦小学校
  • 五島市役所玉之浦支所
  • 五島市立玉之浦保育所
  • 玉之浦郵便局
  • 五島市消防本部玉之浦出張所
  • 五島漁協玉之浦支所
  • 西方寺

参考資料[編集]

  • 「玉之浦町郷土誌」(1995年(平成7年)3月31日, 玉之浦町)p. 382

脚注[編集]

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  1. ^ a b 平成30年2月教育委員会定例会 (PDF) - 五島市ウェブサイト
  2. ^ 就学指定学校及び区域外通学について - 五島市ウェブサイト
  3. ^ 資料編明治時代からの年表(2)玉之浦町 - わたしたちの五島市(五島市Web版社会科副読本)
  4. ^ 長崎区が第一中学区、旧大村藩が第二中学区、旧島原藩が第三中学区、旧平戸藩が第四中学区(壱岐対馬を含む)、旧福江藩が第五中学区。
  5. ^ 出身地の内訳は玉之浦本籍425名、南松浦郡内他所84名、長崎県内他所60名、徳島県198名、他府県67名。
  6. ^ この時尋常高等小学校の統廃合が行われ、丹奈と荒川の2校が統合され「玉之浦第二尋常高等小学校」、中川と幾久山の2校が統合され「玉之浦第三尋常高等小学校」となった。
  7. ^ この時、第二小学校は「玉之浦町立七岳小学校」に、第三小学校は「玉之浦町立東小学校」に改称。この2校は1990年(平成2年)に大宝小学校と統合され、玉之浦町立平成小学校となった。

関連項目[編集]