五所川原市

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ごしょがわらし
五所川原市
Tachineputa~2007 "Mebukiurasaburu".JPG
五所川原市旗
五所川原市章
五所川原市旗 五所川原市章
2005年7月1日制定
日本の旗 日本
地方 東北地方
都道府県 青森県
市町村コード 02205-5
法人番号 2000020022055 ウィキデータを編集
面積 404.20km2
総人口 50,398[編集]
推計人口、2021年4月1日)
人口密度 125人/km2
隣接自治体 青森市つがる市北津軽郡板柳町鶴田町中泊町東津軽郡今別町外ヶ浜町蓬田村
市の木 ハルニレ
市の花 ノハナショウブ
市の鳥 カワラヒワ
五所川原市役所
市長
[編集]
佐々木孝昌
所在地 037-8686
青森県五所川原市字布屋町41番1号
北緯40度48分29.9秒東経140度26分44.2秒座標: 北緯40度48分29.9秒 東経140度26分44.2秒
Goshogawara City Government Office 20191124.jpg
外部リンク 公式ウェブサイト

五所川原市位置図

― 市 / ― 町 / ― 村

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五所川原市中心市街地周辺の空中写真/1975年撮影の6枚を合成作成。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成。

五所川原市(ごしょがわらし)は、日本東北地方最北部、津軽半島中南部に位置し、青森県西部に所在するである。旧市浦村域は飛地となっている。

地理[編集]

隣接している自治体[編集]

気候[編集]

津軽山地の西側にあり日本海からの季節風を妨げるものがないため、冬に雪が多く風が強い日本海側気候である。

五所川原観測所(五所川原市松島町)(1991-2020年)の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平均最高気温 °C°F 1.7
(35.1)
2.6
(36.7)
6.6
(43.9)
13.8
(56.8)
19.4
(66.9)
22.8
(73)
26.5
(79.7)
28.2
(82.8)
24.6
(76.3)
18.2
(64.8)
11.0
(51.8)
4.4
(39.9)
15.0
(59)
日平均気温 °C°F −1.1
(30)
−0.7
(30.7)
2.5
(36.5)
8.5
(47.3)
14.1
(57.4)
18.0
(64.4)
22.0
(71.6)
23.4
(74.1)
19.5
(67.1)
13.1
(55.6)
6.9
(44.4)
1.3
(34.3)
10.6
(51.1)
平均最低気温 °C°F −4.2
(24.4)
−4.2
(24.4)
−1.5
(29.3)
3.5
(38.3)
9.4
(48.9)
14.1
(57.4)
18.4
(65.1)
19.6
(67.3)
15.0
(59)
8.5
(47.3)
3.0
(37.4)
−1.7
(28.9)
6.7
(44.1)
降水量 mm (inch) 120.7
(4.752)
81.9
(3.224)
64.1
(2.524)
62.6
(2.465)
69.2
(2.724)
74.9
(2.949)
113.3
(4.461)
139.2
(5.48)
133.9
(5.272)
131.3
(5.169)
147.8
(5.819)
141.5
(5.571)
1,280.4
(50.409)
降雪量 cm (inch) 186
(73.2)
143
(56.3)
80
(31.5)
3
(1.2)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
19
(7.5)
122
(48)
543
(213.8)
出典:気象庁

歴史[編集]

年表[編集]

  • 本節では、例えば「16世紀後半(戦国時代後期)」と「戦国時代末期(16世紀末か17世紀初頭)」という表記が混在するが、それぞれに「16世紀後半」と「戦国時代末期」が出典元での表記で、( )内は添付情報である。

先史時代[編集]

  • 後氷期初頭(新生代第四紀完新世初頭) - ヴュルム氷期(最終氷期)が終焉したことによる全地球規模での気温上昇に伴い、日本列島周辺でも海面上昇が始まる。本州島北端部では峡谷への海進が始まり、十三湖の湾入が出現、岩木川による堆積作用が波及して谷の埋積が進捗し、津軽平野の形成が始まる。
  • 縄文時代前期 - 相内露草地区にて、オセドウ遺跡(通称:オセドウ貝塚遺跡)の形成期の始まり/当遺跡考古学的価値は主として縄文時代にあるが、平安時代の終焉期までの長きに亘る繁栄を確認できる。しかし中世に入って衰退を見せ、消滅している。
  • 約3500年前(縄文時代後期後葉) - 相内地区にて、五月女萢遺跡(そとめやち いせき)の形成期の始まり/10世紀前半(平安時代中期)まで栄える。

古代[編集]

中世[編集]

近世[編集]

明治時代[編集]

大正時代[編集]

  • 某月某日 - ??にて、長谷川水戸口顕彰碑の建立。
  • 某月某日 - 太宰治の兄・津島文治夫婦が、津島邸に隣接する新居として津島家新座敷を完成させる/この邸宅は、父の建てた津島邸(母屋)を処分した後の新たな津島邸となり、その後の現在は「太宰治疎開の家・旧津島家新座敷」となっている。

昭和時代[編集]

1971年竣工の本庁舎(2代目)/現在は旧本庁舎。

平成時代[編集]

行政区域の変遷[編集]

沿革[編集]

ごしょがわらし
五所川原市
廃止日 2005年3月28日
廃止理由 新設合併
五所川原市(旧)、北津軽郡金木町市浦村 → 五所川原市(新)
現在の自治体 五所川原市(新)
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 東北地方
都道府県 青森県
隣接自治体 青森市つがる市、北津軽郡板柳町鶴田町、金木町、南津軽郡浪岡町
五所川原市役所
所在地 青森県
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行政[編集]

歴代市長[編集]

氏名 就任日 退任日 備考
旧・五所川原市長
1 外崎千代吉 1954年(昭和29年)11月20日 1958年(昭和33年)11月17日
2 山内久三郎 1958年(昭和33年)11月18日 1962年(昭和37年)11月17日
3 佐々木栄造 1962年(昭和37年)11月18日 1966年(昭和41年)11月17日
4 1966年(昭和41年)11月18日 1970年(昭和45年)11月17日
5 1970年(昭和45年)11月18日 1974年(昭和49年)11月17日
6 1974年(昭和45年)11月18日
7 寺田秋夫 1977年(昭和52年)3月30日 1981年(昭和56年)3月29日
8 1981年(昭和56年)3月30日
9 森田稔夫 1983年(昭和58年)2月6日 1987年(昭和62年)2月5日
10 1987年(昭和62年)2月6日
11 佐々木栄造 1989年(平成元年)6月18日 1993年(平成5年)6月17日
12 1993年(平成5年)6月18日 1997年(平成9年)6月17日
13 成田守 1997年(平成9年)6月18日 2004年(平成13年)6月17日
14 2004年(平成13年)6月18日 2005年(平成17年)3月27日
五所川原市長
- 成田守 2005年(平成17年)3月28日 2005年(平成17年)4月17日 職務執行者
1 成田守 2005年(平成17年)4月26日 2006年(平成18年)5月27日 途中退職[* 1]
2 平山誠敏 2006年(平成18年)7月9日 2010年(平成22年)7月9日
3 2010年(平成22年)7月9日 2014年(平成26年)7月8日
4 2014年(平成26年)7月9日 2018年(平成30年)7月8日 無投票当選[* 2]
5 佐々木孝昌 2018年(平成18年)7月9日

市議会[編集]

  • 議員定数:26人
  • 任期:2015年(平成27年)2月16日 - 2019年(平成31年)2月15日

庁舎[編集]

  • 五所川原市役所
    • 金木総合支所
    • 市浦総合支所
    • 三好支所(現在廃止)
    • 長橋支所
    • 飯詰支所
    • 七和支所
    • 梅沢支所
    • 毘沙門支所

姉妹都市・提携都市[編集]

国内[編集]

地域[編集]

人口[編集]

平成27年国勢調査より前回調査からの人口増減をみると、5.55%減の55,181人であり、増減率は県下40市町村中16位。

Population distribution of Goshogawara, Aomori.svg
五所川原市と全国の年齢別人口分布(2005年) 五所川原市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 五所川原市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性

五所川原市(に相当する地域)の人口の推移
総務省統計局 国勢調査より


健康[編集]

保健[編集]

  • 五所川原保健所

公的医療機関[編集]

司法機関[編集]

裁判所[編集]

検察庁[編集]

警察機関[編集]

消防機関[編集]

教育[編集]

高等学校[編集]

県立

※以下は廃校

私立

中学校[編集]

市立

※以下は廃校。

  • 金木南中学校(2011年・金木中学校へ統合)
  • 長橋中学校(1972年・五所川原第二中学校長橋分校→1974年・統合)
  • 七和中学校(同上)
  • 三好中学校(2004年・五所川原第一中学校へ統合)

小学校[編集]

※以下は廃校。

  • 金山小学校(1961年・松島小学校へ統合)
  • 水野尾小学校(同上)
  • 高野小学校(1969年・東小学校を統合新設)
  • 前田野目小学校(同上)
  • 野里小学校(1993年・長橋小学校を統合新設)
  • 松野木小学校(同上)
  • 田川小学校(1989年・五所川原小学校へ統合)
  • 七ツ館小学校(2001年・三輪小学校を統合新設)
  • 梅泉小学校(同上)
  • 鶴ヶ岡小学校(2004年・三好小学校を統合新設)
  • 藻川小学校(同上)
  • 長橋小学校(2008年・東峰小学校を統合新設)
  • 羽野木沢小学校(同上)
  • 五所川原東小学校(同上)
  • 沖飯詰小学校(2012年・いずみ小学校を統合新設)
  • 一野坪小学校(同上)
  • 毘沙門小学校(同上)
  • 飯詰小学校(同上)
  • 嘉瀬小学校(2015年・金木小学校へ統合)
  • 喜良市小学校(同上)

学校教育以外の施設[編集]

図書館[編集]
職業訓練施設[編集]

産業[編集]

工業[編集]

漆川地区に、青森県が計画し五所川原市が事業主体となって青森テクノポリスハイテク工業団地漆川を整備。 2015年現在、団地内では 31施設が稼働している。[11] また、上記団地以外にも誘致企業の工場や拠点は市内に点在している。

  • 富士電機津軽セミコンダクタ
  • 東芝メディア機器[* 3]

商業[編集]

商業拠点の移り変わりと旧市街の衰退[編集]

津軽一帯を集約する商業都市で、エルムの街一帯の完成までは市内の商業拠点は五所川原駅前周辺にあり、中三マルキ飛島丸友といった地元資本百貨店が連立し、同市の発展に力を尽くしたが、次第に近隣市町村への店舗進出やバブル崩壊による影響で経営が悪化し、丸友は平成初頭に閉店、マルキ飛島はエルムの街(イトーヨーカドー)に移転、最後まで残っていた中三も2006年(平成18年)1月に閉店した。

五所川原市は、この現状を踏まえ、旧市街地の区画整理道路拡張、アーケード撤去も並行して行う)を行い、またエルムの街は第三セクター方式で設立当時から経営し、市全体の衰退を引き止める努力を続けている。

2006年(平成18年)10月にはエルムの街北東にユニバースを核店舗としてアクロスプラザ五所川原が完成した。

農業[編集]

漁業[編集]

伝統工芸[編集]

  • 津軽組ひも - 青森県指定伝統工芸品

金融機関[編集]

銀行

協同組織金融機関

農協生協

マスメディア[編集]

郵便[編集]

直営郵便局[編集]

  • 五所川原みどり町郵便局(84151)
  • 嘉瀬郵便局(84153)
  • 梅沢郵便局(84192)
  • 長橋郵便局(84232)
  • 五所川原田町郵便局(84243)
  • 五所川原北郵便局(84249)
  • 五所川原松島郵便局(84260)

簡易郵便局[編集]

  • 津軽中川簡易郵便局(84703)
  • 毘沙門簡易郵便局(84740)
  • 喜良市簡易郵便局(84797)
  • 脇元簡易郵便局(84804)

交通[編集]

鉄道[編集]

五所川原駅
津軽鉄道線の津軽飯詰~五農高前。バックは岩木山

高速バス[編集]

ノクターン号(弘南バス)

路線バス[編集]

道路[編集]

高速道路[編集]

一般国道[編集]

県道[編集]

主要地方道[編集]
一般県道[編集]

その他の道路[編集]

名所旧跡・行事等[編集]

自然物等
神社仏閣
  • 山王坊日吉神社(さんのうぼう ひえじんじゃ) - 相内岩井に所在。付近には山王坊遺跡がある。
  • 石塔山荒覇吐神社(せきとうざんあらはばきじんじゃ) - 飯詰に所在。
  • 飯詰八幡宮(いいづめはちまんぐう) - 飯詰福泉に所在。[14]
  • 八幡宮 - 元町に所在。「五所川原地名発祥之源地」碑がある。
  • 鶴ヶ岡八幡宮 - 鶴ヶ岡に所在
その他の文化財
斜陽館
立佞武多の館
無形文化財、行事等
博物館等
  • 歴史民俗資料館 - 湊字千鳥に所在。[19]
  • 金木歴史民俗資料館 - 金木町芦野に所在。[20]
  • 市浦歴史民俗資料館 - 十三土佐に所在する中の島ブリッジパーク内の施設。[21]
  • 太宰治記念館 「斜陽館」 - 金木町朝日山に所在。建物は「旧津島家住宅」として国の重要文化財に指定[22]。※右列に画像あり。
  • 立佞武多の館 - 大町に所在。※右列に画像あり。
観光スポット等
  • 中の島ブリッジパーク - 十三土佐に所在。十三湖の西に浮かぶ小島を利用したパークで、資料館キャンプ場レストランなどがある。また、島内からは奈良時代遺跡(中島遺跡)が発見されている。
  • 道の駅十三湖高原 - 相内実取に所在。
  • 脇元海辺ふれあいゾーン - 脇元野脇に所在。脇元海水浴場やログハウス(宿泊施設)などがある。
  • し〜うらんど海遊館 - 磯松山の井に所在。
  • 唐川城跡展望台 - 磯松唐皮に所在。
  • シーハイルの碑 - 神山に所在。
  • 歴史館「布嘉屋」

著名な出身者[編集]

政治・経済[編集]

行政[編集]

文化[編集]

芸能[編集]

スポーツ[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ 平成18年五所川原市議会第2回臨時会会議録 Archived 2015年9月23日, at the Wayback Machine.2005年(平成17年)10月から病気入院。職務復帰を目指すも7か月に亘る長期の職務離脱に伴い辞職。
  2. ^ 選挙:五所川原市長選 初の無投票、平山氏が3選果たす/青森 Archived 2015年9月3日, at Archive.is 旧市時代も含めて市制後初の無投票当選。
  3. ^ 2009年(平成21年)9月末まで本社と工場が設置されており、東芝の「HD-DVD」プレーヤードライブの生産を行っていた。なお、2010年(平成22年)10月以降は本社を八戸に移し、五所川原事業所として主としてコールセンター業務を担当している。東芝メディア機器_所在地
  4. ^ ただし、半数の便は藤崎町内には停車しない。

出典[編集]

  1. ^ a b 十三湊遺跡 - 文化遺産オンライン文化庁
  2. ^ a b c 石山晃子. “十三湊の「みなと文化」 (PDF)”. 港別みなと文化アーカイブス [1](公式ウェブサイト). 一般財団法人 みなと総合研究財団 [2](WAVE). 2018年6月10日閲覧。
  3. ^ a b c 十三湊遺跡”. 講談社『国指定史跡ガイド』、小学館『デジタル大辞泉. コトバンク. 2018年6月10日閲覧。
  4. ^ 夷島”. 平凡社世界大百科事典. コトバンク. 2018年6月10日閲覧。
  5. ^ 石山晃子. “野辺地湊(野辺地港・野辺地漁港)の「みなと文化」 (PDF)”. 港別みなと文化アーカイブス [3](公式ウェブサイト). 一般財団法人 みなと総合研究財団 [4]. 2018年6月10日閲覧。
  6. ^ 野辺地湊”. 平凡社『世界大百科事典』. コトバンク. 2018年6月10日閲覧。
  7. ^ 油川城と大浜”. あおもり 今・昔(公式ウェブサイト). 青森市 (1999年3月15日). 2018年6月10日閲覧。
  8. ^ a b 五所川原市役所 管財課新庁舎建設準備室. “五所川原市新庁舎建設基本計画”. 公式ウェブサイト. 五所川原市. 2018年6月9日閲覧。
  9. ^ a b 五所川原市役所 管財課新庁舎建設準備室 (2018年3月). “平成30年3月20日新庁舎が完成しました”. 公式ウェブサイト. 五所川原市. 2018年6月9日閲覧。
  10. ^ 竹浪正静『鶴田町史』津軽書房、1985年刊、p.842
  11. ^ 五所川原市 工業団地の概要
  12. ^ 十三漁業協同組合
  13. ^ 金木町玉鹿石
  14. ^ 飯詰八幡宮本殿(県重宝)
  15. ^ 十三湊遺跡
  16. ^ 十三湊遺跡(五所川原市公式サイト)
  17. ^ 旧平山家住宅
  18. ^ 五所川原須恵器窯跡
  19. ^ 歴史民俗資料館 Archived 2009年3月31日, at the Wayback Machine.
  20. ^ 金木歴史民俗資料館 Archived 2009年3月31日, at the Wayback Machine.
  21. ^ 市浦歴史民俗資料館 Archived 2009年3月31日, at the Wayback Machine.
  22. ^ 旧津島家住宅