五条為適

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五条為適
時代 江戸時代前期
生誕 慶長2年4月22日1597年6月6日
死没 慶安5年2月24日1652年4月2日
官位 従二位権中納言文章博士権大納言
主君 後水尾天皇明正天皇後光明天皇
氏族 五条家
父母 父:五条為経、母:堯恵の娘
兄弟 為適、高辻遂長、東坊城長維、冷泉為親室
正室:福島高晴の娘
為庸、若江理長、池尻共孝室、恵照院ら
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五条 為適(ごじょう ためゆく)は、江戸時代前期の公卿権中納言・五条為経の子。官位従二位・権中納言、文章博士権大納言五条家13代当主。

経歴[編集]

慶長16年(1611年)2月、従五位下に叙される。慶長18年(1613年)1月、侍従となる。

慶長19年(1614年)1月、少納言・文章博士になる。寛永5年(1628年)4月、大内記となる。寛永9年(1632年)正月、従三位に叙される。寛永10年(1633年)11月12日、大蔵卿となる。寛永16年(1639年)、参議となる。慶安元年(1648年)12月22日、権中納言となる。

年号慶安の勘申者である。

系譜[編集]

  • 父:五条為経
  • 母:堯恵[1]の娘
  • 正室:福島高晴の娘
  • 生母不明の子女
    • 男子:五条為庸
    • 男子:若江理長 - 寛永11年(1634年)絶家再興
    • 女子:池尻共孝室
    • 女子:恵照院 - 鶴、細川立孝正室

脚注[編集]

  1. ^ 専修寺大僧正

参考文献[編集]

  • 諸家伝