五橋

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五橋
五橋の位置(宮城県内)
五橋
五橋
五橋の位置
北緯38度15分12.72秒 東経140度52分49.25秒 / 北緯38.2535333度 東経140.8803472度 / 38.2535333; 140.8803472
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Miyagi Prefecture.svg 宮城県
市町村 Flag of Sendai, Miyagi.svg 仙台市
行政区 青葉区
人口
2017年(平成29年)4月1日現在)[1]
 • 合計 3,966人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
980-0022
市外局番 022[2]
ナンバープレート 仙台
五橋
北緯38度15分14.02秒 東経140度52分55.31秒 / 北緯38.2538944度 東経140.8820306度 / 38.2538944; 140.8820306
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Miyagi Prefecture.svg 宮城県
市町村 Flag of Sendai, Miyagi.svg 仙台市
行政区 若林区
人口
2017年(平成29年)4月1日現在)[1]
 • 合計 1,648人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
984-0022

五橋(いつつばし)は、宮城県仙台市青葉区若林区に跨る町名である。かつては五ツ橋とも書き[3]、今でもそう書かれることがある。

仙台市都心部南側に位置し、仙台市地下鉄南北線五橋駅を中心とする地域である。1 - 3丁目からなり、区政施行の際、愛宕上杉通を区境としたため、1および2丁目が青葉区、3丁目が若林区に分かれて属している。事業所の本社や支社が多く集まる。2000年代には高層マンションの建設が活発化した。2017年4月1日現在の住民基本台帳による人口は、5,614人であった。

世帯数と人口[編集]

2008年4月、2013年10月[4]2017年4月1日現在[1]の世帯数と人口は以下の通りである。

世帯数[編集]

丁目 2008年4月 2013年10月 2017年4月
五橋1丁目 640世帯 906世帯 900世帯
五橋2丁目 1,124世帯 1,295世帯 1,262世帯
五橋3丁目 376世帯 775世帯 766世帯
2,140世帯 2,976世帯 2,928世帯

人口[編集]

丁目 2008年4月 2013年10月 2017年4月
五橋1丁目 1,248人 1,838人 1,792人
五橋2丁目 1,982人 2,216人 2,174人
五橋3丁目 803人 1,696人 1,648人
4,033人 5,720人 5,614人

歴史[編集]

江戸時代の五つの橋
五橋小新堂のだるま像

江戸時代の仙台城下町の南東部を南北に走る通りに清水小路(現愛宕上杉通)があり、道の中央に開渠で幅1m位の水路が1本流れていた。これと交差する東西の道に、両脇に1本ずつ開渠の水路がある道があり、両者が交差する十字路では四隅と中央に計5つの小さな土橋または石橋が架けられた[5]。1つの十字路に5つの橋があるため五橋(地図)と呼ばれたが、5つの花弁を持つの花になぞらえて「梅花橋」あるいは「梅がへの橋」とも呼ばれた[6]。上述の東西の道は、清水小路より東側は「五橋」(東七番丁まで。その先は連坊小路)、清水小路より西側は五橋通奥州街道まで)との町名が付けられた。

その交差点の南東角、菓子屋五橋小新堂の前に、昭和の初めごろに煙管を持った赤いだるま像(地図)が置かれた。1945年(昭和20年)7月10日仙台空襲では交差点の向かいまで焼け落ちたが、だるまは眼球のガラスが溶けたが延焼を免れ、現在も同じ位置に座っている[7]

五橋は1966年(昭和41年)2月1日の新住居表示施行により、この十字路周辺の地名となった[8]。また、仙台市営地下鉄南北線五橋駅地図)開業によって交差点名は「五橋駅前交差点」となった。また、仙台市の政令指定都市移行に伴って、「五橋」との地名の地区は青葉区と若林区に分けられることになった(隣接する土樋も同様)。

なお、現在、東二番丁通国道4号)と五橋通との十字路が「五ツ橋交差点」(地図)と呼ばれているが、「五橋」(梅花橋)があったのは「五橋駅前交差点」の方である。以前は、国道4号が「荒町交差点」方面から「五橋駅前交差点」に至ると西向きに曲がって五橋通に入り、「五ツ橋交差点」で北向きに東二番丁通に入るという経路であったが、赤十字病院と三島学園(東北生活文化大学高等学校の前身)が道の西と東で相対していた辺りから「五ツ橋交差点」まで道路が新設された。三島学園跡地には、現仙台第一生命タワービルにあった仙台市立病院1980年(昭和55年)に移転してきた[9]。それに呼応して赤十字病院は八木山に移転した(跡地は仙台市福祉プラザなど)。

仙台城天守台から撮影した五橋周辺の高層マンション(2009年7月)。写真中央に建設中の仙台トラストシティザ・レジデンス一番町」。その右側(南東側)に「パークハウス仙台五橋タワー」、「シティタワー仙台五橋」、ミッドプレイス仙台ミッドタワー」、アップルタワーズ仙台ブローディアタワー」と続く。

近年、五橋地区はJT跡地に三井不動産がパークシティ仙台五橋を、アパグループがアパホテルやアパマンションを中心とする高層ビル群アップルタワーズ仙台を建設。住友不動産シティタワー仙台五橋三菱地所パークハウス仙台五橋タワーを建設するなど、都心回帰に対応した超高層マンション建設が活発化している。

以前は大型の食品スーパーマーケットがなかったため、仙台朝市などに買出しに行く必要があったが、近隣の新寺通みやぎ生活協同組合が出店したため、若干利便性が向上した。

主な施設[編集]

本社・支社を置く主な企業[編集]

その他[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c 町名別年齢(各歳)別住民基本台帳人口” (日本語). 仙台市 (2017年4月28日). 2017年6月30日閲覧。
  2. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年5月29日閲覧。
  3. ^ 仙台最古の地誌『仙台鹿の子』で既に五橋と書く箇所と五ツ橋と書く箇所がある。1953年刊『仙台市史』第8巻(資料篇1)220、221頁。
  4. ^ 仙台市企画市民局総合政策部政策企画課『町名別世帯数及び人口 (住民基本台帳による)平成20年4月1日現在』、仙台市市民局地域政策部広聴統計課『町名別世帯数及び人口 (住民基本台帳による)平成25年10月1日現在』による。2008年は外国人居住者を含まず、2013年には含む。
  5. ^ 『残月台本荒萩』巻之三、『仙台叢書』第1巻297頁に、石橋とある。
  6. ^ 梅花橋は鈴木省三『仙台風俗志(全)』43頁。梅がへの橋は『残月台本荒萩』巻之三、『仙台叢書』第1巻297頁。
  7. ^ 田村昭『仙台のバス停物語』第1巻21頁。
  8. ^ 田村昭『仙台のバス停物語』第1巻12頁。
  9. ^ 田村昭『仙台のバス停物語』第1巻20-21頁。

参考文献[編集]

  • 作者不明『仙台鹿の子』、元禄8年(1695年)頃。仙台市史編纂委員会『仙台市史』第8巻(資料篇1)、仙台市役所、1953年に所収。
  • 作者不明『残月台本荒萩』、安永7年(1778年)頃。鈴木省三・編『仙台叢書』第1巻、仙台叢書刊行会、1922年に所収。
  • 鈴木省三『仙台風俗志』、1937年。鈴木省三・著、青木大輔・中山栄子・編『仙台風俗志(全)』、歴史図書社、1977年に収録。
  • 田村昭・編『仙台のバス停物語』第1巻、宝文堂、1996年、ISBN 4-8323-0082-2。
  • KURASHITO 【歩くまち】五橋

関連項目[編集]