井寺古墳

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井寺古墳
所在地 熊本県上益城郡嘉島町大字井手
位置 北緯32度45分11.17秒
東経130度46分40.37秒
座標: 北緯32度45分11.17秒 東経130度46分40.37秒
形状 円墳または前方後円墳
規模 直径14m
高さ6.5m
埋葬施設 横穴式石室
出土品 鉄刀4本
築造時期 5世紀後半-6世紀初頭
史跡 国の史跡「井寺古墳」
特記事項 装飾古墳
地図
井寺古墳の位置(熊本県内)
井寺古墳
井寺古墳
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井寺古墳(いでらこふん[1]/いてらこふん[2])は、熊本県上益城郡嘉島町大字井寺にある古墳。形状は円墳または前方後円墳。国の史跡に指定されている。

石室に装飾が施された装飾古墳の1つとして知られる。

概要[編集]

熊本県中部、熊本市街地から南東方の丘陵上に位置する古墳である[2]。古墳北方には、湧水で知られる浮島熊野坐神社(通称:浮島神社)が鎮座する[3]。本古墳は、安政4年(1857年)閏5月15日に土取により墳丘封土が崩れて石室の一部が表れたことにより発見された[4][2][3]

墳形について従来は円形(直径14メートル)とされていたが[5]、近年の測量調査で前方後円形の可能性が浮上している[6]。墳丘表面には葺石を有する[2]。主体部の埋葬施設は単室の横穴式石室で、南南西方向に開口する[2]。この石室には「直弧文」と呼ばれる装飾文様が施されている[2]。この石室の様相などから、この井寺古墳は5世紀後半から6世紀初頭(古墳時代中期後半から後期初頭)頃の築造と推定される[3]

石室を含む一部の墳丘は、1921年大正10年)に国の史跡に指定された[1]

2016年平成28年)には、地震(平成28年熊本地震)により釜尾古墳熊本市釜尾町)等とともに墳丘に亀裂が走る等の被害が生じている[7]

来歴[編集]

  • 安政4年(1857年)閏5月15日、周辺の土取りの結果発見[2]
  • 1901-1902年明治34-35年)頃、盗掘[2]
  • 1916-1917年大正5-6年)、熊本県内の他の装飾古墳と併せて実測調査[2]
  • 1921年(大正10年)3月3日、国の史跡に指定[1]
  • 1982年昭和57年)、墳丘調査[2]
  • 2016年度(平成28年度)
  • 2017年(平成29年)10月13日、史跡範囲の追加指定[9]
  • 2018年(平成30年)井寺村庄屋の文書(有馬家文書)により墳丘周辺の土取りの結果、羨門付近の法面が崩れて石室が姿を現した事が判明。[10]

埋葬施設[編集]

埋葬施設としては、阿蘇溶結凝灰岩製の横穴式石室が使用されている[11]。この石室の規模は次の通り[11]

  • 玄室
    • 長さ:2.94メートル
    • 幅:2.47メートル
    • 高さ:3.08メートル
  • 羨道
    • 長さ:1.08メートル
    • 幅:0.56メートル

石室では、羨門・羨道・石障に装飾文様が施されているが、特に本古墳の場合には幾何学的な直線・弧線から成る、「直弧文」と呼ばれる文様である[3]。この直弧文は、赤・白・青・緑の4色で塗り分けられている[3]

また、装飾には前述の直弧文のほか、「円文」・「梯子形文」・「鍵手文」が施されており、それぞれが場所により選択的に組み合わされる。

現在は玄室内が荒らされた結果区画のない空間であるが、有馬家文書には中央に通路、通路を挟んで左右と奥に区画がある所謂「コの字形屍床」であることが記載されている[4]

この石室には、かつて奥壁付近の1区に鏡・直刀、左右2区に人骨があったという[2]。しかし明治30年代に盗掘に遭った際に多くが失われ、鉄刀(直刀)4本のみが出土品として伝世されている[2][3]

現在、その鉄刀は熊本市立熊本博物館に保管されている[11]

文化財[編集]

国の史跡[編集]

  • 井寺古墳 - 1921年(大正10年)3月3日指定[1]、2017年(平成29年)10月13日に史跡範囲の追加指定[8][9]

関連施設[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d 井寺古墳 - 国指定文化財等データベース(文化庁
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m 井寺古墳(平凡社) & 1985年.
  3. ^ a b c d e f 井寺古墳 Archived 2016年8月8日, at the Wayback Machine.(熊本県ホームページ)。
  4. ^ a b 井寺古墳の発見経緯記す文書 熊本地震で被災 寸法列記「復旧の一助に」” (日本語). 西日本新聞ニュース. 2019年7月11日閲覧。
  5. ^ 井寺古墳(古墳) & 1989年.
  6. ^ a b "文化審答申 「阿蘇」国の重要文化的景観への指定 「将来に残す仕組みを」 熊本"(毎日新聞、2017年6月17日記事)。
  7. ^ a b "熊本県内 国指定の文化財19件に被害" Archived 2016年4月16日, at the Wayback Machine.(NHKニュース、2016年4月15日記事)。
  8. ^ a b 史跡等の指定等について(文化庁報道発表、2017年6月16日)。
  9. ^ a b 平成29年10月13日文部科学省告示第143号。
  10. ^ 井寺古墳の発見経緯記す文書 熊本地震で被災 寸法列記「復旧の一助に」” (日本語). 西日本新聞ニュース. 2019年7月11日閲覧。
  11. ^ a b c d 井寺古墳(国指定史跡).

参考文献[編集]

  • 史跡説明板(嘉島町教育委員会設置)
  • 濱田耕作梅原末治「肥後に於ける装飾ある古墳及横穴」『京都帝國大學文科大學考古學研究報告』京都帝國大學、1917年。
  • 田添夏喜『井寺古墳』嘉島町教育委員会、1979年。
  • 斎藤忠「井寺古墳」『国史大辞典吉川弘文館
  • 「井寺古墳」『日本歴史地名大系 44 熊本県の地名』平凡社、1985年。ISBN 4582490441。
  • 原田道雄「井寺古墳」『日本古墳大辞典東京堂出版、1989年。ISBN 4490102607。
  • 井寺古墳」『国指定史跡ガイド』講談社 - リンクは朝日新聞社「コトバンク」。

関連項目[編集]