井波駅

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井波駅
旧井波駅駅舎
旧井波駅駅舎
いなみ
Inami
高瀬神社 (1.9km)
(1.0km) 東山見
所在地 富山県東礪波郡井波町
所属事業者 加越能鉄道
所属路線 加越線
キロ程 17.6km(石動起点)
駅構造 地上駅
開業年月日 1915年(大正4年)7月21日
廃止年月日 1972年(昭和47年)9月16日
備考 廃駅
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井波駅(いなみえき)は、かつて富山県東礪波郡井波町(現南砺市)にあった加越能鉄道加越線廃駅)である。また、1970年昭和45年)7月11日までは国鉄自動車井波線自動車駅である井波駅前駅が当駅駅前に開設されていた[1][2]。駅舎は木造寺院風の建物で、登録有形文化財に登録されており、現在は物産展示館、バス停の待合室として使用されている[3][4]

歴史[編集]

  • 1915年大正4年)7月21日 砺波鉄道の開業により開業[5]
  • 1919年(大正8年)9月17日 加越鉄道の駅となる[6]
  • 1932年(昭和7年)7月25日 当駅から富山紡績井波工場への専用線が完成する[7]
  • 1934年(昭和9年)
    • 11月11日 当駅駅舎を改築する[8]
    • 12月1日 当駅 - 青島町駅間に東山見駅が開業する[6]
  • 1943年(昭和18年)1月1日 富山地方鉄道の駅となる[6]
  • 1950年(昭和25年)10月23日 加越能鉄道の駅となる[6]
  • 1951年(昭和26年)3月10日 - 国鉄自動車金福線福光駅 - 井波駅前間が開業し、井波駅前駅は旅客に限り取扱を行う[1]
  • 1953年(昭和28年)12月30日 - 金福線を金白北線と改称し[9]、同線井波駅前駅 - 小牧堰堤駅間が開業する[10]
  • 1955年(昭和30年)10月28日 - 金白北線を金白北本線と改称する[11]
  • 1963年(昭和38年)1月10日 - 金白北線福光駅 - 小牧堰堤駅間を井波線と改称する[12]
  • 1965年(昭和40年)9月11日 - 井波線南山見駅 - 井波駅前駅間に井波中央駅が開業する[13]
  • 1968年(昭和43年)12月13日 - 井波線南山見駅 - 井波駅前駅間の井波中央駅を廃止する[14]
  • 1970年(昭和45年)7月11日 - 井波線福光駅 - 小牧堰堤駅間における一般乗合旅客自動車運送事業を廃止する[2]
  • 1972年(昭和47年)9月16日 加越線の廃止により廃駅[6]
  • 1977年(昭和52年) 駅舎を東側に移築する[15]
  • 1996年(平成8年)12月20日 駅舎が登録有形文化財に登録される[3]

貨物取扱[編集]

呉羽紡績井波工場

当駅においては呉羽紡績井波工場や大建木材工業に対する専用線発着の貨物に加え、東洋ナイロン編物や三田製薬等の工場からも繊維加工品や医薬品が発送されていたという[16]。また、当駅には構内入替機関車が常備されており、専用線発着貨物の入替を行っていた[17]

1951年(昭和26年)12月15日付『鉄道公報』第732号通報「専用線一覧について(営業局)」別表によると、当駅接続の専用線は次の通りであった[18]

  • 呉羽紡績線(動力:加越能鉄道所有機関車、作業粁程:0.3粁)
  • 大建木材工業線(動力:加越能鉄道所有機関車、作業粁程:0.1粁)

1970年(昭和45年)10月1日現在における当駅接続の専用線は以下の通りであった[19]

  • 呉羽紡績線(動力:加越能鉄道所有機関車、作業粁程:0.3粁)
  • 大建木材工業線(動力:加越能鉄道所有機関車、作業粁程:0.1粁)

隣の駅[編集]

加越能鉄道
加越線
高瀬神社駅 - 井波駅 - 東山見駅

脚注[編集]

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  1. ^ a b 昭和26年日本国有鉄道公示第45号(『官報』、1951年(昭和26年)3月10日、大蔵省印刷局)
  2. ^ a b 昭和45年日本国有鉄道公示第278号(『官報』、1970年(昭和45年)7月10日、大蔵省印刷局)
  3. ^ a b 井波町物産展示館(旧井波駅舎) - 文化庁
  4. ^ 井波物産展示館 - 橋本確文堂
  5. ^ 『官報』(13頁)、1915年(大正4年)8月2日、内閣印刷局
  6. ^ a b c d e 今尾恵介監修、『日本鉄道旅行地図帳 全線・全駅・全廃線 6号』(33頁)、2008年(平成20年)10月、新潮社
  7. ^ 社史編集委員会編、『呉羽紡績30年』(21頁)、1960年(昭和35年)5月、呉羽紡績
  8. ^ 加越線資料保存会編、『加越線物語~あの頃加越線が走っていた~』(17頁)、2013年(平成25年)3月、となみ野田園空間博物館推進協議会
  9. ^ 昭和28年日本国有鉄道公示第432号(『官報』、1953年(昭和28年)12月24日、大蔵省印刷局)
  10. ^ 昭和28年日本国有鉄道公示第434号(『官報』、1953年(昭和28年)12月24日、大蔵省印刷局)
  11. ^ 昭和30年日本国有鉄道公示第366号(『官報』、1955年(昭和30年)10月27日、大蔵省印刷局)
  12. ^ 昭和37年日本国有鉄道公示第654号(『官報』、1962年(昭和37年)12月27日、大蔵省印刷局)
  13. ^ 昭和40年日本国有鉄道公示第496号(『官報』、1965年(昭和40年)9月4日、大蔵省印刷局)
  14. ^ 昭和43年日本国有鉄道公示第464号(『官報』、1968年(昭和43年)12月13日、大蔵省印刷局)
  15. ^ 加越線資料保存会編、『加越線物語~あの頃加越線が走っていた~』(14頁)、2013年(平成25年)3月、となみ野田園空間博物館推進協議会
  16. ^ 加越線資料保存会編、『加越線物語~あの頃加越線が走っていた~』(10頁)、2013年(平成25年)3月、となみ野田園空間博物館推進協議会
  17. ^ 加越線資料保存会編、『加越線物語~あの頃加越線が走っていた~』(6頁)、2013年(平成25年)3月、となみ野田園空間博物館推進協議会
  18. ^ 名取紀之・瀧澤隆久編、『トワイライトゾ~ン・マニュアル8』(『レイル・マガジン』第16巻15号)(135頁)、1999年(平成11年)11月、ネコ・パブリッシング
  19. ^ 日本国有鉄道貨物局編、『専用線一覧表 昭和45年10月1日』(334頁)、1970年(昭和45年)、日本国有鉄道貨物局

関連項目[編集]