京東東路

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京東東路(きょうとうとうろ)は、中国宋朝が設置した行政区画。北宋の都である開封府の東に位置する。現在の江蘇省北部及び山東省の大部分に相当する。

997年至道3年)、全国を15路に分割した際に京東路として設置され、1072年熙寧5年)に東西二路に分割された。建炎年間に金朝の勢力下に置かれると廃止された。金朝は旧京東東路に山東東路を設置している[1]

行政区画[編集]

1006年景徳3年)に宋州陪都としての南京応天府に昇格すると、当初は京東東路の路治が設置された。1074年熙寧7年)に京東西路に移管されている。1116年には済南府が設置され京東東路の首府とされた。

京東東路
府・州・軍 附郭県
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密州 諸城県 安丘県 莒県 高密県 膠西県
沂州 臨沂県 承県 沂水県 費県 新泰県
登州 蓬莱県 文登県 黄県 牟平県
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濰州 北海県 昌邑県 昌楽県
淄州 淄川県 長山県 鄒平県 高苑県
淮陽軍 下邳県 宿遷県

注釈[編集]

  1. ^ 京東東路 Archived 2007年8月7日, at the Wayback Machine.