京福電気鉄道ホデハ1001形電車

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京福電気鉄道モハ1001形(けいふくでんきてつどうモハ1001がた)は、京福電気鉄道福井支社(福井鉄道部)がかつて所有していた電車。製造当初はホデハ1001形と言う形式名だった。この項目では、1981年阪神5101形の車体とモハ1001形の部品を組み合わせたモハ1101形およびえちぜん鉄道継承後のMC1101形についても解説する[1]

概要・運用[編集]

京福電気鉄道時代[編集]

ホデハ1001形(モハ1001形)[編集]

京福電気鉄道ホデハ1001形電車
京福電気鉄道モハ1001形電車
基本情報
運用者 京福電気鉄道
製造所 日本車輌製造
製造初年 1948年
製造数 3両
廃車 1981年
主要諸元
軌間 1,067mm
電気方式 直流600V
架空電車線方式
設計最高速度 73 km/h
車両定員 140人(座席52人)
車両重量 37.0 t
全長 17,830 mm
全幅 2,740 mm
全高 4,240 mm
台車 日本車輌製造 D-18
駆動方式 吊り掛け駆動方式
歯車比 3.70
出力 360 kw
定格速度 44 km/h
制動装置 空気ブレーキ
備考 数値は[2]に基づく。
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1948年6月28日に発生した福井地震によって生じた車両不足を補うために製造された、京福電気鉄道の自社発注車。私鉄郊外電車設計要項に基づき製造された名古屋鉄道3800系電車に類似した車体だが、3800系と異なり車体の両端に運転台を有していた。全長17,800mmの車体は導入当時の京福電気鉄道では最も大型だった他、自動扉やリベットレス車体など製造当時の最新技術が多数導入された。前面には貫通扉を有していたが幌は設置されておらず、営業運転時も車両間の行き来に用いられる事はなかった[1]

1949年7月に3両(ホデハ1001-ホデハ1003)が製造され、形式名がモハ1001形(モハ1001-1003)に変更されて以降も主力として活躍していたが、老朽化が進んだ事で1980年1月8日にモハ1003が廃車された。残る2両についてもモハ1002が翌1981年に事故により破損し、同年にモハ1001と共に廃車。台車、主電動機、主制御器、連結器はモハ1101形へ継承された[1]

モハ1101形[編集]

京福電気鉄道モハ1101形電車
えちぜん鉄道MC1101形電車
モハ251形(右)と並ぶモハ1102(左)
モハ251形(右)と並ぶモハ1102(左)
基本情報
運用者 京福電気鉄道
  ↓
えちぜん鉄道
種車 阪神5101形(車体)
京福電気鉄道モハ1001形(台車、主要機器)
製造数 2両
改造所 武庫川車両工業
改造年 1981年[注釈 1]
運用終了 2014年10月26日
主要諸元
軌間 1,067mm
電気方式 直流600V
架空電車線方式
車両定員 118人(座席50人)
車両重量 37.2 t
全長 19,210 mm
全幅 2,800 mm
全高 4,140 mm
主電動機 MT46A(新性能化後)
駆動方式 吊り掛け駆動方式(登場時)
カルダン駆動方式(新性能化後)
出力 360 kw(登場時)
320 kw(新性能化後)
数値は[3]に基づく。
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上記のモハ1001・モハ1002の部品と、ジェットカーの愛称で呼ばれていた阪神5101形(5108・5109)の車体を組み合わせて製造された形式。名義上は1981年製の新造車両扱いであった。元の車両は片側3扉であったが導入に先駆け武庫川車両工業で中央扉が塞がれ窓が設置されている。導入当時の京福電気鉄道福井支社の路線は単行運転(1両編成)が主体となっており、両運転台の阪神5101形は最適であったとされる[1]

1988年にワンマン改造を受けた後、1998年には直流1,500Vへの昇圧に伴い廃車となった豊橋鉄道1900系電車の台車や冷房装置を用いた新性能化(カルダン駆動方式化)および冷房化が実施された。以降も福井鉄道部の主力として活躍したが、モハ1101は2000年12月17日に発生した京福電気鉄道越前本線列車衝突事故によって大破し、後述のえちぜん鉄道へ受け継がれる事なく廃車された[1]

えちぜん鉄道時代[編集]

上記に続き2001年にも起きた列車衝突事故により列車運行が停止し2001年10月に廃止届が提出された福井鉄道部の路線は、福井市勝山市などが出資する第三セクター鉄道であるえちぜん鉄道へ継承され、廃止された永平寺線を除き2003年7月19日から順次営業運転を再開した[4][5]。その際にモハ1001形についても形式名をMC1101形と改め、MC1102のみがえちぜん鉄道に継承されたが、JR東海から譲渡されたMC7000形への置き換えにより2014年10月26日をもって運行を終了した[注釈 2][6]

関連項目[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 名義上は製造年。
  2. ^ 同日には同じく京福電気鉄道から継承されたMC2201形最後の車両であるMC2204も運行を終了している。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e 寺田祐一 2002, p. 41.
  2. ^ 朝日新聞社 1964, p. 190-191.
  3. ^ 寺田祐一 2002, p. 167.
  4. ^ 京福電気鉄道株式会社及びえちぜん鉄道株式会社 申請の鉄道事業の譲渡譲受について 国土交通省 2003年1月17日作成 2019年5月24日閲覧
  5. ^ 「鉄道記録帳2003年7月」『RAIL FAN』第50巻第10号、鉄道友の会、2003年10月1日、 22-23頁。
  6. ^ えちぜん鉄道2車両がラストラン 福井駅で鉄道ファンお別れ - ウェイバックマシン(2014年10月29日アーカイブ分)
  7. ^ 寺田祐一 2002, p. 139-140.

参考資料[編集]

  • 寺田祐一 『ローカル私鉄車輌20年 西日本編』 JTB、2002年1月。ISBN 978-4533041020。 
  • 朝日新聞社 『世界の鉄道 昭和40年版』 朝日新聞社、1964年。