京阪500型電車 (2代)

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京阪500型電車
Keihan500.JPG
基本情報
種車 260型
改造所 京阪電気鉄道錦織工場
改造年 1979年・1981年
消滅 1993年5月27日(700形に車体流用)
主要諸元
編成 2両編成
軌間 1435 mm
電気方式 直流600V
最高運転速度 60 km/h
起動加速度 2.5 km/h/s
減速度(常用) 4.0 km/h/s
車両定員 95人(座席46人)
編成長 29.8m
車体長 14900 mm
車体幅 2350 mm
車体高 3980 mm
車体 普通鋼
台車 FS-503
主電動機 直流直巻電動機
主電動機出力 60kW
搭載数 4基 / 両
駆動方式 中実軸平行カルダン
歯車比 66:11
編成出力 480kW
制御装置 ES-776-A-M
制動装置 SME非常直通式空気制動と発電制動及び手用制動
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京阪500型電車(けいはん500がたでんしゃ)は、京阪電気鉄道がかつて保有していた大津線用の電車路面電車車両)である。

本形式が製造された当時、京阪は正式な形式称号に「」を使用しており、竣工時は「500型」であった。その後、鉄道事業法の施行に際して形式称号を「形」に変更したため、廃車時点では「500形」であった。

概要[編集]

1970年代当時、全車釣り掛け駆動車であった京津線急行準急の車両高性能化を図るため、「大津線標準車体」と称される高床車(260型300型350型)の中で当時一番車齢が若い260型4次車を種車に改造された。1979年に285-286から501-502が、283-284から503-504が、1981年に281-282から505-506が改造され、2両編成3本、計6両製造された。

また、これとよく似たような手法で京阪線では2000系から更新改造した2600系(0番台)が同時期に登場しているが、こちらは2000系時代の車籍を受け継いでいないため、正確には「代替新造」となっている。さらにこの車籍継承のパターンは、1982年-1983年に同じく京阪線にお目見えした1800系(2代)があるが、こちらは本形式とは異なり、車体が600系(2代)、足回りが1800系(初代)から昇圧対策を施した上での流用となっている。ともに形式消滅まで非冷房だったことが共通している。

改造内容[編集]

改造に際し、台車は新造の住友金属工業製FS503空気バネ台車に換装し、主制御器モーターも新製されている。主制御器は東洋電機製造製のACDF-M460-776A(永久並列15段、弱め界磁3段、発電制動16段)、主電動機はTDK-8560A(端子電圧300V、電流230A、出力60kW、定格回転数1,300rpm)である。車体は前面が3枚窓貫通形から連続2枚窓の非貫通形となり、尾灯が標識灯が付いた角形のものに更新されている。また、前面助士席側上部に方向幕が取り付けられている。505-506は当初から側面にも方向幕があり、後に501 - 504も側面への方向幕取り付けが行われた。屋根周りでは奇数車のパンタグラフが連結面寄りから運転台寄りに移設されている。こうしてデビューした本形式であったが、主制御器からの発熱が酷く、塗装が剥がれやすいなどの問題があったことから、1980 - 1981年頃に主制御器にファンを取り付けて改善を図り、同時に前面車両番号のフォントが大型化され、前述の通り501 - 504には併せて側面方向幕が取り付けられた(505-506は最初からそのような改善をもとに落成した)。化粧板は本形式への改造と同時に、当時非冷房だった1900系と同様にブラウンリネンに交換され、より明るい雰囲気となった。

本形式は京津線急行・準急用車として初めて緑の濃淡の京阪線一般色を纏い、これは後に260型、300型に波及した[注釈 1]

運用[編集]

登場当初は京津線急行・準急に用いられていた(1981年浜大津駅統合化で、急行運転は廃止)が、1984年から600形の増備に伴い、表示幕を600形と同様なものに交換(この際に「急行 三条」「急行 四宮」「急行 浜大津」の表示が廃止される)の上で運用末期は石山坂本線に回り、同線の普通での運用が多くなった[注釈 2]

廃車[編集]

大津線の昇圧対策として、機器面の理由で昇圧に対応出来なかったこと、非冷房であったこと、更に車体構造が流用に都合の良い片運転台・両開き扉であったことから、1992年 - 1993年にかけて廃車され、全車が700形705 - 710の種車となった。車体は前面を中心に改造を受け、台車はそのまま使用されている。なお、主制御器、モーターは叡山電鉄800系(デオ810形)に流用されている。

車体流用履歴[編集]

  • 285 1968年11月18日竣工 → 501 1979年3月29日改造改番 → 1992年11月11日廃車(705へ車体流用)
  • 286 1968年11月27日竣工 → 502 1979年3月29日改造改番 → 1992年11月11日廃車(706へ車体流用)
  • 283 1968年7月29日 竣工 → 503 1979年6月12日改造改番 → 1993年2月13日廃車(707へ車体流用)
  • 284 1968年11月18日竣工 → 504 1979年6月12日改造改番 → 1993年2月13日廃車(708へ車体流用)
  • 281 1968年7月23日 竣工 → 505 1981年6月30日改造改番 → 1993年5月27日廃車(709へ車体流用)
  • 282 1968年7月29日 竣工 → 506 1981年6月30日改造改番 → 1993年5月27日廃車(710へ車体流用)

注釈[編集]

  1. ^ 350形も当初から京阪線一般色だが、石山坂本線専用である。
  2. ^ 運行開始当初には京津線からの石山坂本線石山寺駅までの直通急行・準急が設定されていたが、500型はこの運用には充当されていなかった。

参考文献[編集]

  • 奥田行男、野村薫、諸河久『カラーブックス 日本の私鉄7 京阪』保育社、1981年。ISBN 4-586-50541-9。