人格障害

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人格障害 (じんかくしょうがい、: Personality disorder)の現在の名称はパーソナリティ障害である。 精神医学においては、一般的な成人に比べて極端な考えや行為を行ったりして、結果として社会への適応を著しく困難にしていたり、精神病理学的な症状によって本人が苦しんでいるような状態に陥っている人を言う。

従来の境界例精神病質の後身にあたる概念で、以前はPersonality disorderに「人格障害」の訳語が当てらていたが、日本語の「人格障害」という言葉は、人間の根幹を示しているような部分がある事、それにより否定的なニュアンスが強い事から「パーソナリティ障害」と訳語が変更されている。なお、「パーソナリティ障害」が定着する以前は同様の意図から「性格障害」と言われることもあった。


目次

概説

パーソナリティ障害とは「病的な個性」、あるいは、「自我の形成不全」 ともいえる状態を指す。精神疾患の一態に含まれるが、その他の精神疾患と比べて慢性的であり全体としての症状が長期に渡り変化しないことに特徴付けられる。ただ、他の精神疾患なども治癒するまでに数十年の歳月を要するケースもあり、判別は難しい。

パーソナリティ障害は広義において神経症に入る概念である。今日の精神科における神経症圏の病名は、そのほとんどが患者自身の苦しみ・辛さの中心となっている問題に「障害」をつける形での命名となっている。パニック発作を起こす「パニック障害」、強迫的観念・行動を特徴とする「強迫性障害」なども同様である。しかし苦しみや辛さが一つに限局できず、より深い問題を抱える例がある。このような患者は慢性的、かつ複数の症状をかかえており、抑うつや不安感、厭世観や希死念慮などの、人生を幸せに生きることができないという広範囲に及ぶ問題を持ち、「自分が自分であることそのもの」「生きることそのもの」、つまりパーソナリティが苦しみや辛さの中心であるとしか表現できないような状態を「パーソナリティ障害」と位置付けている[1]

そもそも人間にはその考え方や行動の方法には明らかな個体差があり、これは個性として尊重されるべきものである。しかしながら極度の自尊や自信喪失、また反社会性や強迫観念などは社会への適応性を失わせるだけでなく、基本的な日常生活や人間関係にも深刻な悪影響を及ぼしうるものである。パーソナリティ障害の一般的な診断基準は社会的逸脱や柔軟性の欠如、社会的または職業的な領域における機能の障害、生涯にわたる言動の持続性などが挙げられ、これに加えて他の精神疾患や薬物的または生理学的な作用によって引き起こされた症状ではないのであれば、その状態はパーソナリティ障害であるとみなされることが多い。

しかしパーソナリティ障害がその人の性格に起因する生き方のスタイルの問題であるとすれば、100人いれば100通りの問題があるとも言え、正常と異常を明確に区別できるものではなく、どこまでを「障害」と表現するのかという問題もある。よって「その人がその人であること」による苦痛が、本人にとってあまりにも大きく、生きづらさを感じており、人生を不幸な方向に導いてしまっている状態のことを「パーソナリティ障害」と診断する。「パーソナリティ障害」という病名を付けることは、障害の対象を明確にすることにより、治療とその為のコミュニケーションに利用するという、ポジティブな意味でなされている[2]

古典的な精神医学における神経症などの症状を含む病理としてパーソナリティ障害が見られる事もある。様々な乳幼児研究や精神分析的臨床研究からも、病気というよりは持続的な固定された性格様式として、精神的病気とは区別される。実際に現在のパーソナリティ障害診断においては、他の精神疾患とパーソナリティ障害の併記が行われている。

自我の形成期における家庭内環境など様々な外的要因が、生まれ持った気質と相俟って一般には思春期以降に表面化する。またこれを「障害」と位置づけるのに批判的な立場もある。そもそもパーソナリティに対して障害と健常を論じるのは適切なのかということである。これは議論が分かれるが、実際の診断にはこれを障害として認定して治療しているのが実情である。

名称変更の経緯

「人格障害」から「パーソナリティ障害」への変更は、Schizophrenieに対する訳語の「精神分裂病」から「統合失調症」への変更と同時に起こった「スティグマ烙印)となるような名称は避けるべき」という流れの一環である。同様の意図から「痴呆」は2004~2005年に「認知症」に変更され、「精神病院」も2006年の「精神病院の用語の整理等のための関係法律の一部を改正する法律」により現在は「精神科病院」と呼ぶことになっている。

本名称の「パーソナリティ障害」への変更を最初に行ったのは『DSM‐IV‐TR 精神疾患の診断・統計マニュアル』 2003年新訂版である。代表の高橋三郎は「新訂版への訳者の序」で、「人格障害」から「パーソナリティ障害」への改訳は2002年の「精神分裂病」から「統合失調症」への名称変更に伴うものであること、そして「精神科の病名で最もスティグマのあるものを3つあげると、〈精神分裂病〉〈精神病〉〈人格障害〉となるだろう」と述べている[3]

2005年11月に『ICD-10 精神および行動の障害-臨床記述と診断ガイドライン』日本語版が改訂され「精神分裂病」は全面的に「統合失調症」に、「痴呆」も「認知症」に変更し、かつ「人格障害は精神分裂病の場合と同様に当事者にとっては極めて差別的印象をもたらしやすい呼称であることからDSMシステムと同様にパーソナリティ障害に修正」した[4]。 それをうけて、『精神医学ハンドブック』は2007年1月の第6版で「痴呆は認知症、人格障害はパーソナリティ障害と呼称が変わったのでそれぞれ書き直した[5]」という。

2008年06月に日本精神神経学会は『精神科用語集』を約20年ぶりに改定し、本名称も「パーソナリティ障害」に修正した。新聞記事には「人格障害は性格の極端な偏りを指すが、人格否定の印象があり、変更した[6]」と報道される。

膨大な関連ドキュメントを抱える厚生労働省では名称変更対応が遅れ、一部に旧名称のまま未改訂のドキュメントも残るが、マスターとなるものは、医療情報標準化推進協議会(HELICS協議会)を通じて厚生労働省の標準規格として採用されている医療情報システム開発センター(MEDIS-DC)ICD10対応標準病名マスターである。これが厚生労働省保険局 傷病マスターに連動している。 同マスターは標準病名マスター作業班がそのメンテナンスを行なっているが、その作業班は本障害の名称を2010年03月01日の2.83版で変更し、バージョン282との差分情報の追加:119病名の中にパーソナリティ障害が、削除: 52病名の中に人格障害が含まれている。 2011年8月31日には、一般市民への啓蒙コンテンツ厚生労働省ホームページ:みんなのメンタルヘルスにも「パーソナリティ障害」としてページが作成された。

ICDによる分類

『ICD-10 ガイドライン (新訂版)』では、「F6.成人のパーソナリティおよび行動の障害」の中で「F60.特定のパーソナリティ障害」を規定している。F6.に含まれるものは他に「f61.混合性および他のパーソナリティ障害」、「f62.持続的パーソナリティ変化、脳損傷および脳疾患によらないもの」、「f63.習慣および衝動の障害」、「f64.性同一性障害」その他が含まれる。以下に「F60.特定のパーソナリティ障害」に含まれる疾患名を記す。

DSMによる分類

『DSM-IV-TR精神疾患の分類と診断の手引』では、10種類のパーソナリティ障害を3つのカテゴリに分け規定している。

クラスターA

風変わりで自閉的で妄想を持ちやすく奇異で閉じこもりがちな性質を持つ。

クラスターB

感情の混乱が激しく演技的で情緒的なのが特徴的。ストレスに対して脆弱で、他人を巻き込む事が多い。

クラスターC

不安や恐怖心が強い性質を持つ。周りの評価が気になりそれがストレスとなる性向がある。

  • 301.9 特定不能のパーソナリティ障害 personality disorder Not Otherwise specified

診断

パーソナリティ障害では、所属文化の平均から著しく偏った内的体験・行動が持続する形式として把握される。しかしその内的体験・行動には柔軟性がなく、かつ広く個人的・社会的状況にわたるため、本人や周囲に苦痛や社会的障害を起こして、結果として自ら精神科に訪れたり、自傷行為によって自殺を図ったりして精神科病院に来て、パーソナリティ障害と診断される事が多い。

「パーソナリティ障害である」との判断は、文化・社会環境に依存するものであり、同じ状態であっても置かれた環境によっては「パーソナリティ障害」とは判断されない場合もある。たとえば、相互依存的な文化習慣色が比較的強いとされることの多い日本[7][8]では、欧米で「依存性パーソナリティ障害」として定義づけられている状態を「病的」とみなさない事が多いとされる。また自己愛性パーソナリティ障害の症例報告は先進国に有意に多く、文化的産物と言えるであろう[9]。無論個人による見解の相違もあり、障害と見做すかどうかの絶対的基準は無い。

同様にパーソナリティ障害は一種の「性格」であるとも言えることから病気ではないと思われている点も多いが、これは短絡的な考えである。医学においては生物学的な存在概念である「疾患」と違い、「疾病(病気)」は正常な状態である「健康」に対置する価値概念であり、平均からかけ離れた状態になり、生存する上で不利になることを意味する。またそれら「病気」の概念は、人間が生活していく上で不都合な状態であるとする社会的な側面も包含している。よってパーソナリティ障害は広義の意味で疾病であると言えよう[10]

本来人がどういった性格をしていても、それが不法行為や非行行為など、所謂他人の迷惑を及ぼさないようであれば他にとがめられることはない。 しかし、不法行為や非行行為が行われた場合に、その理由がパーソナリティの偏りにあるとの判断が容易い場合には、社会性に照らし合わせた上でパーソナリティ障害であると判断されることもある。しかし「パーソナリティ障害」は本来医学的概念であり、医師が診断する病名を、社会的価値観や道徳観念から第三者が定義することが妥当とはいえないのは当然である。

パーソナリティ障害は個々人の持っている「性格と呼ばれる特徴」が尖鋭化し、社会生活をうまく営めない、あるいは自他に危険を及ぼすほどになったものであると言える。なお、パーソナリティの歪みは存在しても、パーソナリティ障害ほど重くない場合は人格傾向(パーソナリティ・トレイト)とかつては呼ばれていた。また時には行動障害や神経症の持続的な形式があり、その結果としてこれはパーソナリティ的状態である、と診断される事もある。事実パーソナリティではないが、同じような症状や固定的な特徴を持続させる家族関係や対人関係によって、それが生じている場合もある。

人格発達が不完全な未成年の患者では、いずれかのパーソナリティの傾向を示すことが珍しくない。このため、パーソナリティの診断は、患者の年齢が幼いほど慎重になる必要がある[注 1]

また、統合失調症気分障害などの精神疾患では、パーソナリティ障害の病像を示すこともあるため、鑑別に注意しなくてはならない[注 2]

DSMの診断の問題

DSMにおいては、各疾患においてA・B・Cの診断基準が示され、「A - C全てが当てはまる場合」その精神疾患であると診断される。

A・Bは具体的な病像が列挙されるが、C基準は「その症状が原因で職業・学業・家庭生活に支障を来している」となっている。C基準が無ければ、世間の誰もがDSMに挙げられたいずれかの精神疾患の基準を満たしてしまうからである。特にパーソナリティ障害においてはその傾向が強い。

本書には、「DSM-IVは、臨床的、教育的、研究的状況で使用されるよう作成された精神疾患の分類である。診断カテゴリー、基準、解説の記述は、診断に関する適切な臨床研修と経験を持つ人によって使用されることを想定している。重要な事は、研修を受けていない人にDSM-IVが機械的に用いられてはならない事である。DSM-IVに取り入れられた各診断基準は指針として用いられるが、それは臨床的判断によって生かされるものであり、料理の本のように使われるものではない。」と書かれており、非専門家による使用を禁じている。

またパーソナリティ障害を単一的なカテゴリーとして捉えた場合、他のパーソナリティ障害との重複も多く、相互の境界が曖昧であることなど、DSMに代表されるカテゴリー分類法の限界も指摘されており、近年ではパーソナリティ障害を類型的に分けるのではなく、ディメンション(次元)的に把握するほうがより分析的であるとの声も多い[10]。ディメンションとは、特徴的なそれぞれの症状を尺度とし、量的な違いによって分類する方法である。症状が個々の「パーソナリティ障害」に当てはまるかではなく「パーソナリティ度」として捉え、「ある特定の傾向が強いか弱いか」により病的か否かをみなしていく診断法である。しかしこのディメンション分類法は、研究者の主観などにより定義がまちまちであること、カテゴリー分類法に比べわかりやすさに欠けることなど、実際の臨床で使いにくいという欠点もあり、パーソナリティ障害の捉え方として、カテゴリーモデルが良いか、ディメンションモデルが良いかは一定の見解に至っていない。

なおDSM-III が改訂される際には、このディメンションモデルの発想を取り入れるかどうか大きな論争を呼んだが、結局はDSM-IV での採用は見送られることとなった[9]

治療

治療は認知行動療法などの精神療法を中心にして行われる。薬物療法は、合併しているI軸の精神障害の治療や精神症状に対する対症療法として補助的に用いられる。器質性の脳障害に端を発する症状の可能性を含め、治療は基本、多角的に行われる。

一部のパーソナリティ障害は、30 - 40歳代までに状態が改善していく傾向(晩熟現象)があるとされている。それは加齢による生理的な物の影響だけではなく、社会生活を通じて多様な人々に触れ、世の中には様々な生き方・考え方があると言うことを知り、それを受容する事に依っていると考えられているが、本質的な知的による問題や、脳機能障害によって起こされたパーソナリティ障害では、悪化する可能性も高い。

参考文献

注記

  1. ^ 精神医学関連の書籍では、18歳未満の患者に対してはパーソナリティの診断ができないと書かれていることが多いが、DSMでは反社会性パーソナリティ障害を除いて、一定の条件を満たせば診断を認めているため、実際には可能である。ただし、パーソナリティ障害はかつて人格障害と呼ばれていたため、一般社会のみならず専門家の間においてもスティグマ(烙印)性が強いことから、青少年に対する診断を躊躇する精神科医は多い。
  2. ^ パーソナリティ障害には過剰診断の傾向があり、若年世代のうつ病をパーソナリティ障害と誤診してしまうケースが相次いでいる。そのためか、2002年に発行された『American Journal of Psychiatry』では、抑うつ状態の患者に対するパーソナリティ障害の確定診断は余り行わない方が良いとする意見が出ている。

脚注

  1. ^ 小羽俊士2009
  2. ^ 小羽俊士2009
  3. ^ DSM新訂版2003 p.6
  4. ^ ICD-10新訂版2005「監訳者の序」 p.5
  5. ^ 精神医学ハンドブック2010(第6版まえがき)
  6. ^ 読売新聞2008年 5月31日
  7. ^ 土居健郎1971 p.31
  8. ^ 土居健郎1985 p.40など
  9. ^ a b 矢幡洋 『パーソナリティ障害(講談社選書メチエ)』〈講談社〉2008年6月
  10. ^ a b 大熊照雄 『現代臨床精神医学 改訂第11版』〈金原出版〉 2008年1月

関連項目

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