人生 (バンド)

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人生
別名 ZIN-SÄY!
出身地 日本の旗 日本静岡県
ジャンル テクノポップ ニュー・ウェイヴ
活動期間 1985年 - 1989年
レーベル ナゴムレコード
共同作業者 ケラリーノ・サンドロヴィッチ
メンバー 卓球
畳三郎
おばば(EX分度器)
若王子耳夫
グリソン・キム
越一人
王選手

人生(じんせい、ZIN-SÄY!)は、1980年代後半にインディーズで活躍した日本バンド

電気グルーヴの前身にあたるバンド。

概要[編集]

現在の電気グルーヴの前身であり、当時、有頂天のケラ(現・ケラリーノ・サンドロヴィッチ)が主宰するナゴムレコードに在籍していた。人生(ZIN-SÄY!)のメンバーは顔にメイクをしており、卓球は白塗りに目が赤と青の独特なメイクで、時に怪しいピエロ風、時にカッターシャツネクタイ、時に大ファンである鬼太郎ファッションに身を包んでいた。また畳(ピエール瀧)は、時にドラえもん、時にゴルゴ13、時には殿様等のコスプレをしていた。なお初期のメンバー構成は流動的で、多い時には10人以上に達したが、のちに卓球畳三郎、おばば(EX分度器)、若王子耳夫、グリソン・キム、越一人の6人に固定された。

歴史[編集]

1985年、当時小学5年生だった西野卓球が地元静岡で結成。同年3月25日、静岡サーカスタウンでデビューライヴを行う。この時は卓球ひとりでカラオケライブをしていたが、後に卓球の友人関係からメンバーが増え、途中からピエール畳(当時の芸名は不明)も正式に参加した。なお人生は初期から「歩行者天国マイムマイムを踊る」「地球儀をつけて夜中に町を徘徊する」「自転車ハードルをステージに持ち込む」「マヨネーズを塗りたくる」といったゲリラ的なパフォーマンスや意味不明な寸劇を行っており、これが後に電気グルーヴの瀧のパートにつながっていった。

1986年、静岡モッキンバードで有頂天の3度目の前座をした時に、ケラから「レコード出さない?…ナゴムから出さないでどこで出す!?うち来る!?」と言われた。その後、卓球の勉強部屋で自宅録音されたデモテープが、そのままナゴムから1stソノシート『9TUNES FOR MIRAI』として発売されることをきっかけに、ナゴムに就職する気持ちで上京する。ちなみに上京直後に卓球の音源をミックスしたのはもすけさんの山口優(現在はマニュアル・オブ・エラーズ・アーティスツ代表/作曲家)だった。

同年6月6日にはケラ主催の第1回ナゴム総決起集会に参加したことで一気に注目が集まり、当時ナゴムギャルだったマユタン(EXマサ子さん)を中心にファンクラブ「人生教室」が発足する。その後、インディーズ・ブームに上手く乗っかり、レコードは作品を出す度にインディーズ・ベスト100にランク・インされる程の人気者になると同時に、輪ゴムにも貢献する。

しかし、自分の人生と同じくらいレコードが売れているインディーズ・バンドにはメジャーデビューの話があるにも関わらず、人生にレコード会社からの声はIKKOにしかかからなかった。その後、ホコテンブームによってバンド化するが、便意はもれず(そのことを卓球は「ウチらは漫才ブームでついでに売れたずーとぴあみたいなもんだよな。」とコメントを発表)、おばま(全員大統領)脱退を記念した「おばば崩御 さよなら人類(EX分度器)ツアー」において、1989年4月26日、梅田にあったボンバーハウスでのライヴ(卓球の大好きな大阪に拘った)を最後に散開となった。

その日の解散ライヴは凄まじく、それまでは座ったままの大阪の客が最初から全員総立ちで、代表曲にて最終曲になった「オールナイトロング」では激しいポゴダンス状態になり、解散を惜しんだ。最後に卓球は「今は“電気”というバンドもやってますので、そちらもよろしく!」といった言葉を残して終演した。ちなみに電気グルーヴの初ライヴも大阪の十三ファンダンゴで密かに行ったが、あまり知られていない。

電気グルーヴとして活動後も当初は一部のレパートリーがセルフカヴァーというかたちで披露されたり、サンプリングされている。

2008年、DJ 0ZMAのラストアルバムにおいて代表曲「オールナイトロング」をカバーしたいというオファーを受けていたが、元々インディーズ時代の楽曲であるため著作権管理をしていないことが発覚。加えて童謡「クラリネットをこわしちゃった」から一部の歌詞とメロディを引用しているため、改めて日本語訳詞の作詞者・石井好子に許諾を打診(メロディは本来フランスの童謡のもので作者不詳であるとされる)するものの「キンタマはNG」との判断により却下された。このように、オリジナルバージョン発表から20余年を経て発禁となったことを翌年掲載の電気グルーヴの連載「メロン牧場」で吐露している。

2013年、ケラリーノ・サンドロヴィッチ生誕50周年記念・ナゴムレコード30周年ライブ「ケラリーノ・サンドロヴィッチ・ミューヂック・アワー」に石野卓球、ピエール瀧、砂原良徳牛尾憲輔が「電気グルーヴ plays 人生」として出演、約24年ぶりに人生の楽曲を演奏した。

2019年、ピエール瀧が麻薬取締法違反容疑で逮捕されたことを受け、石野卓球は腕に彫った「電」というタトゥーの写真と共に「Zin-sayは電気グルーヴ、電気グルーヴは人生” 真似すんなよ」という短文をTwitterに投稿し[1]、これまで語られることのなかった「人生」というバンド名の伏線を(ある意味)30年かけて回収した形となった。

メンバー[編集]

固定メンバー[編集]

一時的なメンバー(人生〈ZIN-SÄY!〉セピア)[編集]

作品[編集]

小学生感覚の下品な歌詞と安っぽいシンセサウンドが特徴的で、中には奇声だけで曲にすらなってないパフォーマンス的なものまでレパートリーに存在する。曲の長さも短いものが多く、数秒で終わるような極端に短いものもある。

シングル[編集]

  1. 9TUNES(FOR MIRAI)(NG-030)ナゴムレコード 
    人生のテーマ/カランコロンの唄/下克上/幻のホームラン王/オールナイトロング
    バカッツラファンク/男の中の男/ヘアピンカーブを曲がりきれ!/オールナイトロング(おやすみバージョン)
  2. Techno Gourmet
    • ミニコミ『6×9=54』付録ソノシート。1987年1月発売。
    ベネズエラの赤い星/笠地蔵/幻のホームラン王(Ver2.0)~はるかなる故郷
  3. LOVE(NG-040)ナゴムレコード 
    • ソノシート+7インチEP。1987年5月発売。
    Punks not dead(イントロ)/世界あの店この店/卒業/恐怖カメレオン人間/Kiss×3/Punks not dead(アウトロ)/ラップde人生/行け!行け!人生三人衆/若き人生
  4. FASCINATION(NG-043)ナゴムレコード
    • 7インチEP。1987年7月発売。
    P-ONE/おさびし山/P-TWO(いかすぜ彼女)/エチオピア/Punks not dead(リプライズ)
  5. バーバパパ キャプテンレコード
    • 12インチ。1988年4月発売。
    バーバパパ/耳夫Jazz/ラップdéオババ/生ゴミ王2/メカ林(改造ツラ林)

アルバム[編集]

  1. 顔として…(NG-048)ナゴムレコード
    • ソノシート+LP。1988年1月発売。
    ソノシート『さよならライダーZS』のおまけとしてLPが発表された。ソノシートに入っている楽曲はメンバーの放屁の音だけである。
    • ソノシート
    さよならライダーZS
    • LP
    エビなげハイジャンプ/ダギダギ/砂漠/おやじの詩/男尊女卑/エジプト/俺のカラダの筋肉はどれをとっても機械だぜ/ルンバでオババ/俺が畳だ!殿様だ!/Punks not dead(復活)/耳夫サンバ/おどり/なわとび小僧が飛んで来た/メリー
  2. SUBSTANCE III
    • 1992年発売。シングル曲を中心として編集された未発表曲入りベスト版CD。
  3. SUBSTANCE V
    • 1992年9月16日発売。アルバム『顔として…』を中心に編集された未発表曲入りベスト版CD。
  4. 人生 ナゴムコレクション
    • 2006年発売。シングル・アルバムから選曲されたベスト盤。「We are the 明大前」と「エビ投げハイジャンプ」のライブバージョンと上記『サブスタンス』には収録されていない「愛をこめてもっともっと」(ゴーバンズのカバー。ライブ配布ソノシート)をボーナス収録。

VA等の参加作品[編集]

  • LP/子どもたちのCity(1987年)
  • カセット・ブック/HI'LDE Vol.4(1987年)
  • VHS/昔、ナゴムレコードがあった(1988年)
  • VHS/VOS Vol.2(1988年)
  • VHS/Rooftop ACT2 オール・ザット・ナゴム(1988年)
  • カセット/人生+ミック宮川ショー(1989年)

ビデオ[編集]

  1. VIDEO ATTACK(1987年)
  2. 人生海賊ビデオ PLAY AT HOME(1989年)
    • 卓球がほとんど個人的にリリースしたビデオ。全25曲60分収録。
  3. ZIN-SÄY 中央大学LIVE 1988.12.06(1989年)
    • 無許可で販売されたブートビデオ。1988年11月6日に中央大学文化祭で行われたライヴを収録(タイトルにある12月6日は間違い)。
  4. ZIN-SÄY LAST LIVE(1989年)
    • 1989年4月26日に大阪バーボンハウスで行われた人生解散ライヴと卓球のインタビュー映像を収録。

ツアー・ライヴタイトル[編集]

  • ナゴムナイト・デラックス(1986年4月5日)※東京初ライブ
  • ナゴム総決起集会 第1回(1986年6月6日)
  • ナゴム総決起集会 第2回(1986年8月29日)
  • ナゴム総決起集会 第3回(1986年12月31日)
  • 子どもたちのCity(1987年1月20日)
  • ナゴム総決起集会 第4回(1987年5月14日)
  • 俺のカラダの筋肉はどれをとっても機械だぜ(1987年8月31日)
  • 人生 ウルトラスーパースター列伝スペシャル~ジャイアン・リサイタル(1987年11月30日)
  • オールスター家族対抗蛇合戦(1988年8月12日)
  • 6×9=54廃刊記念ライヴ(1988年10月21日)
  • ワンマンライブ~ニク坊だジョー!(1988年12月13日)
  • おばば崩御 さよならおばば(EX分度器)ツアー(1989年4月16日・4月26日)※解散ライブ

参考文献・インタビュー[編集]

  1. ^ 石野卓球のツイート 2019年3月24日