今井啓介 (バレーボール)

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今井 啓介
Imai Keisuke
Volleyball (indoor) pictogram.svg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1980年2月5日(36歳)
ラテン文字 Imai Keisuke
身長 196cm
体重 88kg
選手情報
愛称 ケイスケ
ポジション ブロッカー、レシーバー
指高 248cm
利き手
スパイク 352cm
ブロック 340cm
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今井 啓介(いまい けいすけ、1980年2月5日 - )は、日本ビーチバレー選手。所属事務所はJSM。兵庫県西宮市出身。

中央大学を卒業後、パナソニックパンサーズに入団。2004年、全日本に初選出。2004〜2005年インドアバレー全日本代表に選出され、北京オリンピックを目指すが、2006年けがによる手術のため一時夢を断念。その後厳しいリハビリに耐え、2008年にはVリーグ優勝、黒鷲旗優勝、全日本選手権準優勝と3大大会で結果を残し日本一を経験する。

アスリートとして目標は世界一と、2009年には「新たな挑戦」としてビーチバレーに転向。190cm超の身長で、世界のプレーヤーにひけをとらない体格の持ち主。多くの大型プレーヤーが課題とする敏捷性もものともせず、多彩なポジションをこなす器用さを持ったプレーヤーとして、さらに高いレベルを求めブラジルへ渡る。 バレーボール、ビーチバレーと二つの競技において日本代表を経験し、オリンピック強化指定選手として国内外で活動した。

2012ロンドンオリンピック後、プレイヤーと指導者を並行して活動。日本各地でバレーボール教室、ビーチバレー教室を実施、普及、育成活動を行なっている。日本バレーボール協会 強化事業本部 発掘育成委員会委員を担い、東京オリンピック以降のターゲットエイジの発掘育成をも行なっている。

来歴[編集]

中央大学を卒業後、パナソニックパンサーズに入団。2004年、全日本に初選出。

2008年12月、同チームを退団し、ビーチバレー選手に転向。[1]

パートナー[編集]

  • 2009 西村晃一
  • 2010 畑信也
  • 2011 白鳥勝浩、朝日健太郎
  • 2012 畑信也

成績[編集]

バレーボール ナショナルチーム成績[編集]

  • 1999年 世界ジュニア大会 4位
  • 2001年 ユニバーシアード北京 10位
  • 2003年 ユニバーシアード テグ大会 銀メダル

バレーボール パナソニックチーム成績[編集]

  • 2002年 第51回天皇杯皇后杯黒鷲旗全日本バレーボール選手権大会 最優秀新人賞受賞
  • 2008年 2007・08Vプレミアリーグ 優勝、平成20年度天皇杯皇后杯全日本バレーボール選手権大会 準優勝

ビーチバレー成績[編集]

  • 2009年 第3戦ファイテンジャパンツアー霧島オープン 4位
  • 2010年 第1戦ファイテンビーチバレー東京オープン 3位、第8戦ビーチバレーペボニアカップ 4位
  • 2011年 第1戦ファイテンビーチバレー東京オープン 3位、第6戦ビーチバレーペボニアカップ 3位、ビーチバレージャパン 3位
  • 2012年 第1戦スポーツクラブNASオープン 3位、第4戦 第13回ビーチバレー霧島酒造オープン 準優勝

親族[編集]

専売広島でプレーし、日本男子代表の司令塔としてミュンヘンオリンピック優勝などの活躍で知られる昭和の名セッター:猫田勝敏は、今井の母の従兄弟に当たる[2]

脚注[編集]

  1. ^ 今井啓介選手 退部発表 パナソニックからの2008年12月11日付プレスリリース
  2. ^ ひとりの選手として 今井啓介オフィシャルブログ 2011年10月27日付