伊勢湾

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伊勢湾(いせわん)は、本州太平洋側に存在するの1つである。その水域面積は定義によって変わるものの、日本列島においては規模が大きい湾とされる。

範囲[編集]

紫色の部分が伊勢湾である。濃い青色が大王崎から伊良湖までとした場合の範囲。
ランドサットによって宇宙から撮影された、伊勢湾附近の画像。なお、写真の左上に写っている水域は琵琶湖であり、伊勢湾ではない。

一般に伊勢湾の範囲は、三重県鳥羽市の答志島と、愛知県田原市の伊良湖岬を結んだ線の北側の海域から、三河湾を除いた海域を意味する。しかし、稀に答志島ではなく、大王崎から伊良湖岬を結んだ線を基準とする場合が有る。いずれの範囲の場合でも、中部地方近畿地方の間に存在する湾であり、三重県愛知県に面する。伊勢湾は伊良湖水道を通じて、太平洋の一部であるフィリピン海と結ばれている。

なお、伊勢湾は平均深度は19.5 m、最深部の湾中央でも38 m程度に過ぎない。伊勢湾沿岸は盛んに干拓による水田開発や、埋め立てによる工業用地造成などが行われてきた場所で、ポートアイランド中部国際空港などの人工島も造成されたものの、日本列島に存在する湾の中では水域面積最大を維持している。

水質[編集]

伊勢湾は奥行に比して湾口の狭い閉鎖性水域であり、周囲を取り巻く陸地から生活排水や工業排水や河川水などの流入が有り、さらに海底が盆状をしている影響で、フィリピン海との海水交換が少なく、水質が悪化し易い[1]

主な流入河川(一級河川)[編集]

貧酸素水塊の発生[編集]

伊勢湾の水質については、特に夏場における貧酸素水塊の形成が問題視されている。貧酸素水塊は、大雨後に晴天や水温の上昇、穏やかな潮流が続いた場合に発生し易い。なお、この条件は、梅雨時期から夏季に整い易い。

その背景は、まず大雨後に、伊勢湾へと注ぐ幾多の河川から栄養塩が大量に流入し、植物プランクトンに必要な物質が揃った所に、充分な太陽光が加わった結果、海水表層で植物プランクトンが大繁殖する。特に、潮流が穏やかな場合は、赤潮が発生に至り易い。その後、大繁殖したプランクトンが栄養塩の枯渇や気象変化等により大量死した際に、その死骸は沈降する。死骸は海底で微生物により分解される際に、溶存酸素が大量に消費され、貧酸素水塊が発生する。

さらに夏季は、強い日射により表層水温が上昇するため水温成層が発達し、加えて、大雨や河川水の流入によって密度成層が顕著になると、湾内の海水の鉛直混合が妨げられる。この結果、より大規模な貧酸素水塊が発達し易くなる。貧酸素水塊は、梅雨後期に発達し(密度成層が発達)、夏季に最盛期を迎え(水温成層及び密度成層が発達)、秋季に海水温の低下に伴い、減衰する。

また、日本列島沿岸を流れる黒潮が蛇行して伊勢湾湾口から離れている場合は、外海水との海水交換量が減少し、これも貧酸素水塊が発生を助長する。

これらの要因で発生した貧酸素水塊は、逃避能力が低い二枚貝などの底生生物に大きな影響を与える。底生生物に限らず、海水中に充分な溶存酸素が無いと生きられない水棲生物が窒息死すると、その死骸が水底で微生物によって分解される際にも溶存酸素が消費され、同様に貧酸素水塊の発生につながる。

加えて、特に底生生物は海水中の有機物を食糧として消費する事で水質浄化に大きく寄与している事で知られるが、底生生物の窒息死に伴い、この水質浄化も滞り、さらなる水質悪化を招き、これも赤潮の発生を誘発し得るなど、悪循環に陥る。

なお、貧酸素水塊が海底に発生している状況下で、陸から沖方向へ強い風が吹くと、水面近くの水が沖方向へ流され(吹送流)、海底近くの海水が湧き上がる現象が発生する。しばしば貧酸素水塊には微生物の作用によって硫化水素が含まれており、硫化水素などを含んだ貧酸素水塊が上昇してくる現象を青潮(苦潮)と言い、沿岸漁業に大きな被害が発生する場合が有る。

水質改善の取り組み[編集]

伊勢湾に流れ込む河川の流域住民や行政の協力によって下水処理場や工場での排水規制や農業での肥料使用量の削減、畜産業での家畜排泄物の適切な管理等の富栄養化対策が進められてきた。しかし、今なお夏季の貧酸素水塊の解消には至っていない。

一方で、富栄養化対策が一定の効果を見せ、伊勢湾の栄養塩の濃度が、夏季以外にも周年を通して全体的に低下してきた事に伴い、植物プランクトンの量の低下を招いたとも言われる。近年では伊勢湾中南部の沿岸を中心に、アサリやシジミ等の二枚貝は餌不足等によって漁獲量が減少し、また、コウナゴ等の小型魚類の漁獲量も低迷しているなど、漁業への悪影響も懸念されている。

そこで、貧酸素水塊を解消する対策として、夏季に海水の流動性を向上させる事が必要と考えられている。1つ目は、港湾や防波堤内などの人工構造物によって発生した停滞水を、何らかの方法で流す、言わば、水平方向の海水の流動性の確保である。もう1つは、鉛直方向の海水の流動性の確保である。一般に垂直な護岸は、吹送流などによって発生する、湧昇流のような鉛直方向の海水の流れを阻害する。何らかの方法で、底層水と表層水の混合を常に行うなどして、底層に貧酸素水塊が滞留しないように、表層の溶存酸素が底層へと供給されるようにするわけである。

生物相[編集]

魚類・貝類[編集]

赤潮や貧酸素水塊に多大な影響を受けているとは言え、伊勢湾内では漁業が営める程度には、魚類や貝類の棲息が見られる。例えば、刺し網を用いた漁が行われており、また、フグの水揚げ量が比較的多い海域として知られる。また沿岸では、アサリバカガイなどが漁獲されている。

海棲哺乳類[編集]

そもそも伊勢湾は日本において商業捕鯨が発祥した地であり、かつては非常に豊かな生物相が見られた海域であった。伊良湖岬を始め、湾内の各所にはかつてニホンアシカの生息地が存在した。また、かつての伊勢湾内は、クジラ類にとって、採餌や子育て、休息の場であったと考えられている。

現在でも、しばしば熊野灘では見られるマッコウクジラザトウクジラが、ごく稀にだが大型のクジラ類が、伊勢湾内にも姿を現す事も有る。さらに、絶滅寸前であるニシコククジラが周辺海域に回遊する可能性も示唆されている。また、伊勢湾および三河湾はスナメリの生息地であり、時には藤前干潟周辺にも居つく事例が見られた。その他、2000年代からハセイルカの群れが定着し始め、これは地球上で特に高緯度に居つく個体群の1つとして知られている。オキゴンドウハンドウイルカが混合群で現れる事も有る。

なお、海棲哺乳類は肺呼吸を行っているため、単なる貧酸素水塊であれば、直接の窒息死の原因にはならない。

鳥類[編集]

伊勢湾の奥の庄内川、新川日光川の河口部に位置する藤前干潟は、日本列島で最大の渡り鳥の飛来地として知られる。

海藻[編集]

これは伊勢湾に限った話ではないものの、伊勢湾にも様々な海藻が生育している。漁業に関して言えば、ノリの養殖が行われている。また、中部国際空港の岸壁に生育するアカモクが話題になった事も有った。

災害[編集]

伊勢湾は南向きに湾口を持つため、台風の風などのために高潮の被害を受けてきた。例えば、1959年9月26日に紀伊半島に上陸した伊勢湾台風は、伊勢湾沿岸に大きな被害を及ぼした。また、東南海地震が発生した際には、大規模な津波に襲われる事も懸念されている。

これに加えて、大規模な断層である敦賀湾-伊勢湾構造線が走っており、直下型の大規模な地震も考えられている。

産業[編集]

伊勢湾の沿岸には、大規模な貿易港が複数箇所整備されている。加えて、沿岸には多くの工場やコンビナート、さらに、産業用倉庫群が立ち並ぶ。名古屋圏にとって物資の海上輸送には欠かせない海域であり、海の玄関口の役割をする。また、名古屋という大規模な消費地と近接しており、伊勢湾内では漁業も営まれてきた他、沿岸の干拓地では農業も行われてきた。この他に、伊勢湾周辺の観光資源を活かした観光業も見られる。

主な港[編集]

空港[編集]

2005年には伊勢湾内に人工島を築いて建設した中部国際空港が、愛知万博に合わせて開港した。それ以来、中部地方の空の玄関口として多くの国際・国内線が運航されている。なお、旅客機に限らず、貨物機の運航も行われている。

観光業[編集]

御在所岳から望む伊勢湾。中部国際空港の人工島が、知多半島の沿岸近くにある。名古屋港四日市港があり、多くの大型船舶などが行き交う。

歴史上の海運[編集]

伊勢湾の沿岸には、中世桑名(通称「十楽の津」)、大湊などの港町が商業、海運の中心地として栄えていた。これらの港町が、畿内から伊勢湾を経て、東海関東地方を結ぶ交易ルートを形成していた。また、かつての街道であった東海道には、七里の渡しと呼ばれる海路も存在した。これは、宮宿(愛知県名古屋市熱田区)から桑名宿(三重県桑名市)までの伊勢湾北部を船で渡る経路であった。

その他[編集]

楽曲
  • 『伊勢湾』:地元の三重県出身の演歌歌手の鳥羽一郎の歌謡曲である。

出典[編集]

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