伊藤唯真

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伊藤 唯真(いとう ゆいしん、別表記:伊藤 唯眞1931年昭和6年)3月14日 - )は、日本の仏教学者浄土宗僧侶(浄土門主総本山知恩院第88世門跡)、佛教大学名誉教授。

人物[編集]

滋賀県甲賀郡(現:湖南市石部町に生まれる。研究者として、古代・中世日本仏教文化史、宗教民俗学専攻研究し、その視点からの念仏教団の展開・浄土宗史研究に新たな面を開拓した。日本民俗学会評議員、日本宗教学会評議員、滋賀県文化財保護審議会委員などにも就いていた。宗内においても、多くの浄土宗関連の資料・著作編纂にあたった。息子の伊藤真昭も中世仏教史学者である。実弟には仏教学者で中井真孝佛教大学名誉教授・元学長がいる。

学歴[編集]

住職歴[編集]

研究歴[編集]

浄土宗内歴[編集]

浄土門主[編集]

2007年に、京都市にある浄土宗大本山清浄華院法主に就任した。2010年9月に浄土門主坪井俊映の遷化(死去)に伴い、同年10月に知恩院内にある浄土宗務庁「浄土門主推戴委員会」で、満場一致で浄土門主(兼知恩院門跡)に推戴された。宗祖法然上人八百年大遠忌を目前に控える時期で、早期での就任確定となった。なお後任の清浄華院法主は、大正大学元学長の真野龍海が翌11年1月14日に就任した。

11月に就任会見の中で、「無縁社会といわれるような、家族、地域においても縁のない人々が増えているという変化が現れている。八百年遠忌を機縁として念仏の水源である知恩院を中心に、教化集団として蘇りつつあることをもって、家庭の崩壊、地縁の結束のゆるみを再び取り返さねばならない。血縁、地縁に寺の縁、仏法の縁、私たちでいうなら念仏の縁を加えることによって、世の中が穏やかに進んでいくことを念願している。(中略)八百年大遠忌の意義は寺の縁、念仏の縁、法縁をもって血縁や地縁の崩壊を防いでいくこと、また復活させていくことによって、無縁社会をお互いが助け合い、真に喜べる社会に変えていくことにある。」と述べ、社会への働きかけに法然上人の御教えが、新たな役割を果たしたいと抱負を述べた。

著書[編集]

  • 『浄土宗の成立と展開 日本宗教史研究叢書』 吉川弘文館、1981年(文学博士論文)
  • 仏教民俗宗教 日本仏教民俗論』 国書刊行会、1984年
  • 『聖仏教史の研究 上.下 伊藤唯真著作集1.2巻』 法蔵館、1995年
  • 『仏教民俗の研究 著作集3巻』 法蔵館、1995年
  • 『浄土宗史の研究 著作集4巻』 法蔵館、1996年
  • 『日本人と民俗信仰』 法蔵館、2001年
  • 『未知へのやすらぎ-阿弥陀 日本人の信仰』 佼成出版社、1979年
  • 法然の世紀 源平争乱の世に万民救済を説く』 浄土宗〈浄土選書〉、2001年

編著・監修[編集]

  • 『法然 日本名僧論集 第6巻』 玉山成元共編、吉川弘文館、1982年
  • 『法然上人と浄土宗 日本仏教宗史論集 第5巻』 玉山成元共編、吉川弘文館、1985年
  • 『日本の名僧5 浄土の聖者 空也』 吉川弘文館、2005年
  • 阿弥陀信仰 民衆宗教史叢書 第11巻』 雄山閣、1984年、新版2007年
  • 『仏教年中行事 仏教民俗学大系 第6巻』 名著出版、1986年
  • 日本仏教の形成と展開』 法蔵館、2002年
  • 『宗教民俗論の展開と課題』 法蔵館、2002年
  • 『<宗派別>日本の仏教人と教え.3 浄土宗・時宗融通念仏宗の歴史』 小学館、1985年 
  • 『傍訳 逆修説法』(上下) 四季社、2006-07年(監修)
  • 図解雑学-法然』 ナツメ社、2005年(監修)
  • 『融通念仏信仰の歴史と美術』、「論考編」・「資料編」の2分冊
    監修、融通念佛宗教学研究所編、東京美術、2000年

小冊子[編集]

  • 『華雲抄 伊藤唯真先生還暦記念略年譜・著作等目録』 同記念会編、1992年
  • 『仏教における女性観』 浄土宗編、2007年
  • 『法然上人の言葉 「法然上人絵伝」より』 写真・溝縁ひろし、淡交社、2010年

論文[編集]

先代:
水谷幸正
佛教大学学長
1989 - 94
次代:
高橋弘次
先代:
坪井俊映
浄土門主
2010 -
次代: