伊藤徳之助

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伊藤 徳之助(正字:德之助)(いとう とくのすけ、1894年明治27年)12月11日 - 1961年昭和36年)2月9日[1])は日本の物理学者。別名:伊藤徳之[1]。専門は地球物理学

千葉県出身[1]東京帝国大学理科大学1918年大正7年)に卒業後、中央気象台(現・気象庁)技師となる[1]。その後九州帝国大学に転じ、工学部講師から助教授に昇任[1]。欧米留学を経て1934年(昭和9年)に九州帝国大学教授に就任した[1]。同年、理学博士号を取得[1]。1939年(昭和14年)より九州帝国大学理学部教授[1]

太平洋戦争後の1947年(昭和22年)に飛行機からのドライアイス散布による人工降雨の実験をおこなった[2]。1950年(昭和25年)より、九州大学理学部長(1952年まで)[1]。1958年(昭和33年)に九州大学を定年退官した[1]

著書[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j 伊藤徳之助 - 20世紀日本人名事典(コトバンク
  2. ^ 伊藤徳之助 - デジタル版 日本人名大辞典+Plus(コトバンク)