伊藤次郎左衛門 (14代)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

伊藤 次郎左衛門(いとう じろうざえもん、1848年7月24日嘉永元年6月24日[1] - 1930年(昭和5年)12月6日[2])は、明治時代の政治家銀行家貴族院多額納税者議員

経歴[編集]

伊藤祐良の二男として、のちの愛知県に生まれる[1]織田信長の小姓の伊藤蘭丸祐広の後胤[3]。呉服太物商を生業とした[1]。また、県下有数の大地主だった[1]

1871年(明治4年)以降、名古屋権区長、博覧会御用係、愛知県博物館長、名古屋市会議員などを経て、商業会議所議員となった[4]。ほか、伊藤銀行、伊藤貯蓄銀行各取締役、愛知銀行監査役などを務めた[1]1908年(明治41年)5月、愛知県多額納税者として貴族院議員に互選されたが[2]、同年10月23日、依願退職した[5]

親族[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]

参考文献[編集]