伊藤欽亮

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伊藤 欽亮(いとう きんすけ(きんりょう)、安政4年8月4日1857年9月21日) - 昭和3年(1928年4月28日)は実業家。新聞『時事新報』編集長、新聞『日本』社長。交詢社理事、慶應義塾評議員。

略歴[編集]

栄典[編集]

著作[編集]

収録:第二次桂内閣国債政策に対する批評, 電車市営運動に対する論評, 憲政擁護閥族打破論, 薩閥内閣の批判, 山本内閣の海軍収賄事件, 清浦内閣流産前後の論評, 大隈内閣に対する批評, 大隈内閣の増師問題.
  • 『伊藤欽亮論集』下巻、石山賢吉編、ダイヤモンド社、1930年3月。NDLJP:1268573
収録:減税論, 欧洲大戦争論評, 農民の金融問題, 大蔵省の伏魔殿, 剰余金の問題, 正貨に関する議論, 貿易論, 為替論, 関税論.

脚注[編集]

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  1. ^ 『官報』第7337号「叙任及辞令」1907年12月11日。

関連文献[編集]

  • 「日本新聞社長 伊藤欽亮氏」『慶應義塾出身名流列伝』三田商業研究会編、実業之世界社、1909年6月、1-2頁。NDLJP:777715/12