伊藤薫 (ドラマー)

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伊藤 薫
出生名 伊藤 薫
生誕 (1954-04-10) 1954年4月10日(64歳)
出身地 福岡県
ジャンル J-POP
職業 舞台監督
ドラマー
活動期間 1974年 -
共同作業者 リンドン
チューリップ
オールウェイズ

伊藤 薫(いとう かおる、1954年4月10日 - )は、日本ドラマー舞台監督福岡県出身、身長183cm、血液型O型。なお、「ラヴ・イズ・オーヴァー」などで知られる作詞家作曲家伊藤薫とは同姓同名の別人。

バンド歴[編集]

プロフィール[編集]

プロデビュー前
1974年
1976年
  • 前年1975年12月に3枚目のシングル「赤いドレスは着ないでおくれ b/w 雨の日にさようなら」を発表するがバンドはこの年に解散。
1977年
1979年
1980年
1985年
1986年
1989年
  • 2月9日のFM東京ホールのコンサートを最後にオールウェイズを脱退。
オールウェイズ脱退以降
  • その傍ら女優の洞口依子と映像作家の石田英範によるウクレレユニットPAITITIのレコーディングからライブまでサポート。パーカッションやドラム、ボーカルまで披露している。
  • 2011年8月13日 高円寺shwboatで行われた“70's roots~ShowBoat 18thAnniversary~”にドラマーとして参加。その際リンドンの曲が田中一郎らと演奏される。

使用機材[編集]

  • 1980年〜 Slingerland Magnum XM6(イエロー、6点セット)、Ult Sound DS-4(エレクトリックドラム
  • 1981年〜 Slingerland Magnum XM9(ブラック、7点セット)
  • 1983年〜 TAMA Artstar 9500(コルディア、7点セット)
  • 1984年〜 TAMA Artstar 9500(アスペンホワイト、6点セット)、TAMA Techstar TS 305、TS 600(エレクトリックドラム)
  • オールウェイズ脱退までArtstarを使用。エレクトリックドラムをSimmons SDS-1000に変更し、外部音源としてE-mu Emaxも使用。
  • 1987年、NHK「ジャストポップアップ」出演時にTAMA Techstar(エレクトリックドラム)のバスドラパッドとSimmons SDS-1000及びパッド、TAMA ASスネアを併用した。

脚注[編集]

  1. ^ 実際は1984年から脱退に関する話し合いが持たれており、同年録音が開始されたアルバム「New Tune」から次作「I Like Party」(1985年春開始)にかけてのレコーディングセッション参加が安部、姫野と共に著しく減少(「New Tune」ではフェアライトCMIを、「I Like〜」ではYamaha R&D Tokyoのシーケンサードラムマシンを多用したレコーディングが行われ、「I Like〜」ではサウンドに合わせるよう当時売れっ子のシンセサイザープログラマー森達彦やギタリスト鳥山雄司、その後正式メンバーになる松本淳らが参加。またチューリップサウンドの特徴であったコーラスは財津和夫の多重録音サンプリングで凌がれている)。1985年6月15日に行われた国際青年年記念 ALL TOGETHER NOWには安部と共に不参加(このイベントには安部、伊藤以外のメンバーに、松本淳を合わせた4人で参加。チューリップ・ピックアップメンバーと紹介されていた)。1985年6月「I Like Party」発表から程無くして安部、姫野と共に脱退している(1985年9月からスタートしたツアーに参加していないため、実質的にはその時点で脱退している筈だが、正式発表は1986年3月13日とされる)。