伊達村氏

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伊達村氏
時代 江戸時代
生誕 明和2年(1765年
死没 享和3年11月18日1803年12月31日
別名 兵力、安房
墓所 大雄寺(宮城県亘理郡亘理町
主君 伊達重村斉村周宗
仙台藩
氏族 伊達氏
父母 父:伊達村純、母:献樹院(白河村広の娘)、養父:村好
子:宗賀

伊達 村氏(だて むらうじ)は、江戸時代仙台藩一門第二席・亘理伊達家第10代当主。

生涯[編集]

明和2年(1765年)、亘理伊達家第8代当主・伊達村純の子として生まれる。幼名は兵力

安永2年(1773年)、叔父で養父の第9代当主・伊達村好が「葛西川島事件」による藩政混乱の責めを負い隠居することとなり、家督を相続して亘理邑主となる。

寛政8年(1796年)7月、藩主伊達斉村の急死により、生まれて6ヶ月の周宗が藩主となる。同年11月1日、幕府より、幼い藩主に代わり藩内の警護を藩主一門の村氏、涌谷伊達村常、登米伊達村幸が交代で行うよう命じられた。

享和3年(1803年)11月18日、死去。享年39。家督は嫡男宗賀が相続した。

参考文献[編集]

  • 『宮城県通史』
  • 『仙台人名大辞書』