伊達村賢 (川崎伊達家)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 
伊達村賢
時代 江戸時代中期 - 後期
生誕 安永6年7月8日1777年8月10日
死没 天保9年2月10日1838年3月5日
改名 直躬(幼名)、伊逹景賢(初名)、村賢
別名 主殿(通称)
墓所 宮城県柴田郡川崎町龍雲寺
主君 伊達斉村周宗斉宗斉義
陸奥仙台藩
氏族 水沢伊達家川崎伊達家
父母 伊達村儀 石川村俊
伊達村煕
兄弟 村善村福村賢
伊達村煕
伊達宗和正室
宗和
テンプレートを表示

伊達 村賢(だて むらかた)は、江戸時代中期から後期にかけての武士陸奥国仙台藩一門第九席・川崎伊達家4代当主。

生涯[編集]

安永6年(1777年)7月8日、水沢伊達家8代当主・伊達村儀の子として誕生。幼名は直躬。初名は景賢(かげかた)、ついで藩主・伊達斉村偏諱を受け主殿村賢と名乗る。

寛政4年(1792年)6月、川崎伊達家3代当主・伊達村煕の婿養子・継嗣となる。

天保9年(1838年)2月10日死去。享年62。跡目を婿養子・宗和伊達村則の子)が継いだ。

参考文献[編集]

  • 『仙台人名大辞書』
  • 『留守系譜』
先代:
伊達村煕
川崎伊達家
4代: -
次代:
伊達宗和