但野寛

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但野寛, 1936

但野 寛(ただの ひろし、1914年1月29日 - 1986年9月6日[1])は、北海道旭川市出身のクロスカントリースキーアルペンスキー選手。

来歴[編集]

旧制旭川中学校日本国有鉄道札幌鉄道管理局

1935年の第13回全日本スキー選手権大会クロスカントリースキー個人耐久(56km)で3位となり、翌1936年のガルミッシュパルテンキルヒェンオリンピックの代表に選出される。 同オリンピックのクロスカントリースキー競技では、個人耐久(50km)で28位、個人長距離(18km)で59位、4x10kmリレーで12位の成績を残した。 また、同オリンピックより採用されたアルペンスキー競技アルペンスキー複合(滑降・回転)にも、同じ距離選手の関口勇関戸力とともにエントリーしたが、後半の回転で全員失格した。

1937年~38年の全日本スキー選手権大会クロスカントリースキー個人耐久では、連覇を果たした。 

脚注[編集]

  1. ^ 「現代物故者事典 総索引2 学術・文芸・芸術篇」日外アソシエーツ、2012年

参考文献[編集]

  • 小川勝次「日本スキー発達史」朋文堂、1956年
  • 菅原悦子「歴史ポケットスポーツ新聞冬季オリンピック」大空出版、2009年