住吉灯台 (岐阜県)

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住吉燈台
水門川畔の住吉燈台

住吉灯台(すみよしとうだい)とは、岐阜県大垣市船町にある、かつての川湊の灯台である。住吉灯台の名の灯台は、熊本県宇土市鹿児島県種子島にもあるが、この記事では岐阜県大垣市の住吉灯台について記述する。

住吉燈台の表記が多く使用されている。

歴史[編集]

  • 江戸時代大垣城下の水門川にある船町港は、水門川から揖斐川を経て、桑名宿へ至る重要な川湊であった。
  • 元禄年間(1688年1704年)、船町港に住吉燈台が建設される。高さ約8m。寄棟造の木造の燈台であった。
  • 1689年(元禄9年)、松尾芭蕉が船町港を訪れ、「蛤のふたみに別れ行く秋ぞ」の俳句を詠み、船で桑名へ向かう(奥の細道結びの地)。
  • 1887年(明治20年)、再建される。
  • 1968年(昭和43年)、岐阜県の史跡に指定される[1]

その他[編集]

  • 大垣市船町と桑名市を結ぶ水運は、明治以降も盛んであり、1883年(明治16年)3月には蒸気船による定期航路も開設され、名古屋(熱田)~桑名~大垣と船で結ばれていた。1919年(大正8年)4月27日に(旧)養老鉄道(現養老鉄道とは別企業)により、この航路に並行して桑名駅揖斐駅(現養老鉄道養老線)が全通すると、利用客は激減するが、蒸気船以外の川舟の利用は多く、昭和初期には年間1万艘の舟が行き来していた。
  • 蒸気船の定期航路は1951年(昭和26年)頃に廃止される。モータリゼーションにより川舟もやがて廃れていった。

現在[編集]

周辺は船町公園として整備されている。

脚注[編集]

  1. ^ 住吉燈台”. 岐阜県. 2012年8月4日閲覧。