佐々木卯之助

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佐々木卯之助(ささき うのすけ、1795年寛政7年) - 1876年明治9年))は、江戸幕府の大筒役。

経歴[編集]

佐々木卯之助事件[編集]

立入禁止の相州炮術調練場で地元の農民が耕作しており、それを佐々木卯之助が黙認していたことが江川英龍検地により判明した。

これを受け、評定所は、長男の菊次郎とともに、青ヶ島遠島の判決を出した。

事件当時は天保の大飢饉が発生しており、卯之助の計らいは農民に感謝されていた。このため、死後、初代茅ヶ崎村長が発起人となり、追悼記念碑が建てられた(神奈川県茅ヶ崎市東海岸五丁目に所在。)。

墓標[編集]

当初、青ヶ島にあったが、後に海前寺(神奈川県茅ヶ崎市東海岸五丁目)に移されている。