佐久間信之

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佐久間信之
時代 江戸時代後期
生誕 享保15年(1730年
死没 寛政9年11月23日1798年1月9日
別名 通称:三之助、多宮、織部
戒名 了盈
墓所 東京都新宿区四谷の全勝寺
幕府 江戸幕府旗本
主君 徳川家重家治家斉
氏族 佐久間氏
父母 父:佐久間信仍
兄弟 信秋信之、松波直庸、佐久間信喜
小笠原長暉娘
信直信寿

佐久間 信之(さくま のぶゆき)は、江戸時代後期の旗本佐久間信仍の次男。

宝暦元年(1751年)8月4日、父・信仍より家督(上野国邑楽郡(おおら)、山田郡に400石)を相続する。翌宝暦2年(1752年)9月10日、書院番に列せられ、同3年(1753年)7月14日に辞した。宝暦6年(1756年)6月10日、再び書院番に復帰。御弓場始の射手に選ばれ、時服金を賜った。

寛政3年(1791年)12月29日、書院番を辞した。寛政9年(1797年)7月25日、隠居。

家督を次男・信寿に譲り、11月23日に死去。享年68。