佐竹義履

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佐竹 義履(さたけ よしふみ、1896年明治29年)1月25日[1] - 1958年昭和33年)3月2日[1][2])は、昭和期の技官政治家華族貴族院男爵議員佐竹氏一門の佐竹西家当主。旧名・竹田良治[1]

経歴[編集]

秋田県士族・竹田富之助の二男として生まれる[1][3]。佐竹西家の当主で兄・佐竹義度(富之助長男)の死跡を相続し、1914年4月23日、男爵を襲爵[1][3][4]。その後、義履と改名した[3]

1924年東京農業大学大学部を卒業[2][3]1929年帝室林野局技手に就任[2][3]。その後、同技師などを務めた[2]

1944年3月、貴族院男爵議員補欠選挙で当選し、公正会に所属して活動し、1947年5月2日の貴族院廃止まで一期在任した[2]

親族[編集]

  • 妻:保枝(やすえ)。川上操六の長男・川上素一の長女[1]
  • 長男:義信[1]
  • 長女:典子(叔父・川上邦良〔素一長男〕養子)[1]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h 『平成新修旧華族家系大成』上巻、678-679頁。
  2. ^ a b c d e 『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』72頁。
  3. ^ a b c d e 『人事興信録』第14版 上、サ23頁。
  4. ^ 『官報』第519号、大正3年4月24日。

参考文献[編集]

  • 霞会館華族家系大成編輯委員会『平成新修旧華族家系大成』上巻、霞会館、1996年。
  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 人事興信所編『人事興信録』第14版 上、1943年。


日本の爵位
先代:
佐竹義度
男爵
佐竹家(西家)第4代
1914年 - 1947年
次代:
華族制度廃止