佐竹義春

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佐竹 義春(さたけ よしはる、1890年明治23年)7月17日[1] - 1944年昭和19年)4月13日[1][2])は、大正から昭和期の華族佐竹宗家34代当主。貴族院侯爵議員

生涯[編集]

侯爵・佐竹義生、祚子夫妻の長男として生まれる[1]。父の死去に伴い1915年3月30日、侯爵を襲爵[1][3]。同年、東京帝国大学文科大学国史科を卒業[2][4]。同年7月16日、満25歳に達し貴族院侯爵議員に就任し[2][5]火曜会に所属して死亡するまで在任した[2]

親族[編集]

  • 母 佐竹祚子(としこ、徳大寺実則二女)[1]
  • 妻 佐竹兼子(九条道実長女)[1]
  • 長男 佐竹義栄(侯爵)[1]
  • 長女 鍋島則子(鍋島直紹の妻)[1]
  • 弟妹[1] 佐竹義行、佐竹義通(佐竹義種養子)、佐竹義勝(佐竹義通養子)、佐竹義心(よしのり)、涼子、静子(伊藤次郎左衛門妻)、松平忠宏(ただひろ、松平忠礼の甥・忠正の養子)。

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i 『平成新修旧華族家系大成』上巻、670-671頁。
  2. ^ a b c d 『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』17頁。
  3. ^ 『官報』第796号、大正4年3月31日。
  4. ^ 『人事興信録』第14版上、サ22頁。
  5. ^ 『官報』第889号、大正4年7月19日。

参考文献[編集]

  • 人事興信所編『人事興信録』第14版上、1943年。
  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 霞会館華族家系大成編輯委員会『平成新修旧華族家系大成』上巻、霞会館、1996年。


日本の爵位
先代:
佐竹義生
侯爵
佐竹家(宗家)第3代
1915年 - 1944年
次代:
佐竹義栄