佐藤悠己

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
佐藤 悠己
プロフィール
リングネーム さとう ゆうき
剣舞
佐藤 悠己
本名 佐藤 悠己
ニックネーム 悪い子レスラー
身長 162cm
体重 75kg
誕生日 (1985-11-25) 1985年11月25日(33歳)
出身地 熊本県熊本市
所属 2AW
トレーナー ディック東郷
はやて
デビュー 2005年10月22日
テンプレートを表示

佐藤 悠己(さとう ゆうき、1985年11月25日 - )は、日本プロレスラーリングネームは、さとう ゆうき

経歴[編集]

プロレスラーを志したのは、中学時代に愛読していた漫画『浦安鉄筋家族』で、主人公の大沢木小鉄が友達にプロレス技をかけていたことに興味を持ったのがきっかけ。

その後、SUPER CREW立ち上げを知り、第一期生募集に魅力を感じたことと、ディック東郷に憧れていたこともあり、19歳で上京し入門。

2005年10月22日のSUPER CREW新木場1stRING大会における対佐々木大輔戦でデビュー。なお、この試合はSUPER CREW第1回自主興行の第1試合だった。その後SUPER CREWの解散に伴い、レスリングドリーマーズへ移籍。

2007年よりフリーとして、主にプロレスリング・エルドラド大日本プロレスアイスリボン等のリングに上がっている。

2008年10月24日のアイスリボン千本桜ホール大会にて、りほとのタッグで高梨マサ子趙雲子組からインターナショナル・リボンタッグ王座を奪取。

2009年3月26日、りほの負傷欠場によりインターナショナル・リボンタッグ王座を返上。

2009年5月28日大日本プロレス後楽園ホール大会をもって、約一年間活動してきた同団体内のユニット・メンズクラブを脱退。翌5月29日に自身のブログで発表と同時にブログを閉鎖した。

2010年5月30日タイトルを『新☆カピバラ生活』としてブログ再開。

2011年2月13日大石真翔旭志織ヒロ・トウナイの新チーム「リトル☆ギャラクシー〜小銀河〜」に参加すると共に、同日付けでKAIENTAI DOJOに正式入団。

2014年12月28日、「K-SPECIAL 〜年内最終興行〜」においてヒールユニット凶月へ加入し、ヒールターンを果たす。

2015年1月25日、「CLUB-K SUPER in Blue Field」において梶トマトからUWA世界ミドル級王座を奪取し、第61代王者となる。

2019年1月23日、大日本&K-DOJO合同興業「D―BREAK」で浅川紫悠とタッグを組み橋本和樹青木優也と対戦。反則戦法、インサイドワーク、奇襲を活かして試合を盛り上げ、12分29秒で浅川が青木をフォールして勝利。敗れた1人の橋本は反則三昧のファイトに呆れるコメントを出した[1]

2019年よりひらがな名義のさとうゆうきに改名。

得意技[編集]

ファイヤーバードスプラッシュ
ニュートルネードクラッチ
トルネードクラッチ系の丸め込み技を指す総称。
ミラクルロッド
手品用のマジシャンステッキをアイテムとして使用している。

入場曲[編集]

  • 初代 : Gettin' Hi 5Mic(餓鬼レンジャー
  • 2代目 : STILL TELLING LIES(CUBAN LINK)
  • 3代目 : EPISODE V (SBK FEATURING KJ
  • 4代目 : TAKE ME ANYWHERE (DRIVAL BROTHER'z)

タイトル歴[編集]

KAIENTAI DOJO
DDTプロレスリング
アイスリボン

エピソード[編集]

  • 暗黒プロレス組織666に参戦時は佐藤きゅんというリングネームになり、コスチュームはピンク色のショートタイツになる。

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 『週刊プロレス』NO.1996 2019年2月13日号 pp.116-117