佐野屋

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佐野屋
—  大字  —
佐野屋の位置(千葉県内)
佐野屋
佐野屋
佐野屋の位置
座標: 北緯35度49分20.3秒 東経140度12分49.3秒 / 北緯35.822306度 東経140.213694度 / 35.822306; 140.213694
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Chiba Prefecture.svg 千葉県
市町村 Flag of Inzai, Chiba.svg 印西市
地区 本埜地区
標高 5m (16ft)
人口 (2017年(平成29年)10月31日現在)[1]
 - 計 37人
等時帯 日本標準時 (UTC+9)
郵便番号 270-2305[2]
市外局番 0476[3]
ナンバープレート 習志野

佐野屋(さのや)は、千葉県印西市大字郵便番号270-2305[2]

地理[編集]

北は笠神、東は和泉屋、南東は笠神、南は押付、南西は笠神、西は川向に隣接している。

小字[編集]

小字は以下の通り[4]

  • 上の割(かみのわり)
  • 中の割(なかのわり)
  • 下の割(しものわり)

歴史[編集]

江戸期は佐野屋新田であり、下総国印旛郡のうち。笠神埜原新田に属す。寛文年間笠神村御立野原を開発して成立。はじめ幕府領、元禄14年から佐倉藩領、享保8年から再び幕府領。村高は「元禄郷帳」「天保郷帳」ともに見えず、「旧高旧領」105石余。江戸中・後期は笠神埜原新田10か村組の1つで、天保3年十ヶ村請免状写によれば、畑・屋敷・埜地畑から成り反別17町7反余、年貢は永3貫426文余を上納(吉植家文書)[5]

年表[編集]

  • 1873年(明治6年) - 千葉県に所属。
  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行し、下曽根新田、下井新田、松木新田、将監新田、中田切新田、長門屋新田、和泉屋新田、佐野屋新田、甚兵衛新田、中根新田、行徳新田、松虫新田、押付新田、萩原新田、安食卜杭新田の大部分、小林新田、酒直卜杭新田が合併し埜原村が発足。埜原村大字佐野屋新田となる。
  • 1910年(明治43年) - 佐野屋新田が改称し、埜原村大字佐野屋となる[5]
  • 1913年(大正2年)4月1日 - 本郷村・埜原村が合併し、本埜村が発足。本埜村佐野屋となる。
  • 2010年(平成22年)3月23日 - 印旛村・本埜村が印西市に編入。印西市佐野屋となる。

世帯数と人口[編集]

2017年(平成29年)10月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

大字 世帯数 人口
佐野屋 12世帯 37人

脚注[編集]

  1. ^ a b 印西市の人口と世帯数”. 印西市 (2017年11月2日). 2017年11月13日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2017年11月13日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年11月13日閲覧。
  4. ^ 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典 12 千葉県』、角川書店、1984年 ISBN 4040011201 1453頁
  5. ^ a b 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典 12 千葉県』、角川書店、1984年 ISBN 4040011201 412頁、413頁