偽エチオピア皇帝事件

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偽エチオピア皇帝一行の記念写真。左からヴァージニア・スティーブン、ダンカン・グラント、エイドリアン・スティーブン、アンソニー・バクストン、ガイ・リドリー、ホーレス・コール

偽エチオピア皇帝事件(にせエチオピアこうていじけん、英語: Dreadnought Hoax)とは、1910年に起こった悪名高い担ぎ屋ホーレス・ド・ヴィア・コールによる悪戯で、偽者のエチオピア皇帝[1]とその随行団一行がイギリス海軍の戦艦に乗り込んだ事件である。ドレッドノート・ホウクスとも。

一行は、後にヴァージニア・ウルフとして作家としてデビューすることになるヴァージニア・スティーブン、その弟であるエイドリアン・スティーブン、ダンカン・グラント、アンソニー・バクストン、ガイ・リドリー、そしてコールの6人で、全員「ブルームズベリー・グループ」に属する大学生であった。

事件の概略[編集]

コールたちは外務事務次官名でイギリス海軍本部に、戦艦ドレッドノートポートランドまで行き、アビシニア(エチオピアの古称)の王族一行を迎える旨の指示を電報で送り、イギリス海軍本部はその指示に従ってドレッドノートをポートランドに向かわせた。

コールたちはまた、外務省からの要請としてロンドンパディントン駅からウェイマス・アンド・ポートランドウェイマス駅までお召列車を走らせるよう指示し、これに乗車した。これに掛かる費用はコールたちが支払った。

海軍はお召し列車から降り立った一行を出迎え、軍艦内や兵器工場を案内しながらロンドンまで向かった。

一行はエチオピアでは使用されていないスワヒリ語[2]ラテン語ギリシア語をもとにしたでたらめな言葉で話し、エチオピア人に見えないようなお粗末な仮装であったが、海軍側はそれが偽物だとは考えなかった。 海軍には一人だけエチオピアに通じた将校がいたが、彼は長期出張中で不在であることを一行は事前に調べていた。

彼らはあらゆるものを指さして「ブンガ、ブンガ!(Bunga, bunga!)」と叫び褒め称え、士官たちに偽の勲章を授与した。

イギリス海軍も誤ってザンジバル国歌演奏をしてしまうミスをしていたが、コール一行も含め誰も間違いに気付いていなかった。

彼らはロンドンに到着すると、新聞社デイリー・ミラーに真相と「王族」の写真を送りつけ、ネタ晴らしして真相が明らかになった。

この事件を翌日の新聞各社は大きく取り上げ、面目を失った海軍はコールらの処罰を求めた。コールは海軍大臣室に呼び出されたものの、法律を犯したわけではなかったために罪には問われなかった[3]

「ブンガブンガ」という言葉は流行した[4]。その後もドレッドノートにはこの話が付いて回り、1915年3月18日第一次世界大戦において、ドレッドノートがドイツ潜水艦U-29を体当たりで撃沈した際にも「ブンガ、ブンガ!」という祝電が送られたという。

脚注[編集]

  1. ^ 当時の本物のエチオピア皇帝はメネリク2世だが、1906年に脳出血で倒れ、以後は皇后が政務を代行するような状態であった。
  2. ^ エチオピアで使用されている言語は公用語のアムハラ語などである。
  3. ^ 「詐欺師の楽園」p20 種村季弘著 岩波書店現代文庫 2003年1月16日第1刷
  4. ^ Adrian Stephen, The Dreadnought Hoax, page 51, 1983 reissue.