備後落合駅

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備後落合駅
JRW bingo ochiai sta.jpg
駅舎(2007年9月)
びんごおちあい
Bingo-Ochiai
所在地 広島県庄原市西城町八鳥1778
所属事業者 西日本旅客鉄道(JR西日本)
電報略号 チイ
駅構造 地上駅
ホーム 2面3線
乗降人員
-統計年度-
13人/日
-2018年-
開業年月日 1935年昭和10年)12月20日
乗入路線 2 路線
所属路線 P 芸備線
キロ程 44.6 km(備中神代起点)
新見から51.0 km
道後山 (6.8 km)
(5.6 km) 比婆山*
所属路線 E 木次線
キロ程 81.9 km(宍道起点)
**油木 (6.6 km)
備考 無人駅
* この間に岡山支社広島支社境界あり(当駅から道後山寄りは岡山支社管内)
** この間に米子支社と岡山支社の境界あり(当駅は岡山支社管内)
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備後落合駅(びんごおちあいえき)は、広島県庄原市西城町八鳥にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)のである。

概要[編集]

当駅の所属線[1]である芸備線と、当駅を終点とする木次線が接続する駅で、中国山地の山間部に位置する[2]。1935年(昭和10年)に開業し[2]、1937年(昭和12年)に木次線が乗り入れてからは備北地区の基幹駅の一つとして機関区宿泊所・保線分区・通信分区などが設置され、一時は200人超の職員が勤務し[3]準急/急行ちどり」などの優等列車機関車付け替え・分割併合スイッチバックなどが行われていた。また、駅前には2軒の旅館[2]・タクシー・食堂・理髪店などが進出し、「落合銀座」と呼ばれるほど盛況した[4]。しかしその後は蒸気機関車から気動車への置き換えによって職員数が減少し[4]、過疎化・道路網の発達[注 1]により利用客も減少した[2]

平成に入ると当駅はワンマン列車のみの発着となった[4]。利用者数が減少してからも3人の係員が常駐し、当駅で折り返す木次線列車の運行管理・出札業務に当たっていたが、1997年(平成9年)3月22日のダイヤ改正によって木次線(当駅 - 出雲坂根駅間)で運行される列車は庄原列車集中制御所 (CTC) で自動制御できるようになったことで運行要員が必要なくなったため、同日から無人駅となった[注 2][3]。2018年(平成30年)12月時点では列車の発着時を除き、利用客はほとんど見られない状態で、かつて駅前に多数並んでいた店舗もほとんどが廃業している[5]が、ターミナル駅としての遺構が残る「秘境駅[注 3]として鉄道ファンから注目を集めたことに加え、駅付近に在住する元国鉄機関士による駅構内や周辺の清掃・地元の鉄道ファンや観光協会の活動により[6]、近年では利用者数が微増傾向にある[5]

かつては駅構内には機関車庫・転車台[注 4]・給水塔・貯炭場が[2]、駅に隣接して備後落合駐泊所があった。駅横の鉄道官舎[4]・機関庫は2009年(平成21年)時点で既に撤去されているが、貯炭場・転車台は残されている[2]

JR西日本の岡山支社米子支社広島支社境界[注 5]であるため、トロッコ列車の「奥出雲おろち号」を含め、全ての列車が当駅で折り返す。ただし、三次方面からの列車は夜間滞泊を行うため、駅舎の一部が乗務員宿泊施設となっている[注 6]

木次線と芸備線の乗換駅であるが、定期列車は三次方面が1日5本、木次・新見方面は各3本(3方向で合計11本/日)と少なく[注 7][5]、各方面同士の接続もあまり考慮されていない。

当駅を含めた前後の区間は豪雨豪雪により不通となることがしばしばある。豪雨は三次方面に、豪雪は木次・新見方面に多く、特に雪は一度深い積雪になると春まで除雪されず、バス代行となることが多い。

歴史[編集]

  • 1935年昭和10年)12月20日 - 国有鉄道庄原線(当時)が備後西城駅から延伸し、その終着駅として開業。
  • 1936年(昭和11年)10月10日 - 三神線が小奴可駅から当駅まで延伸。同時に庄原線が三神線に編入され、備中神代駅 - 備後十日市駅(現:三次駅)間が三神線となり、同線の途中駅となる。
  • 1937年(昭和12年)
    • 7月1日 - 芸備鉄道国有化に伴い、備中神代駅 - 広島駅間を芸備線としたため同線所属となる。
    • 12月12日 - 木次線全通(八川駅 - 備後落合駅間開業)に伴い、同線と芸備線の接続駅になる。
  • 1942年(昭和17年)2月11日 - 西城町(第2次)成立に伴い、所在地表示が広島県比婆郡西城町八鳥になる。
  • 1954年(昭和29年)3月31日 - 西城町(第3次)成立に伴い、所在地表示が広島県比婆郡西城町八鳥になる。
  • 1972年(昭和47年)9月1日 - 貨物の取り扱いを廃止[7]
  • 1983年(昭和58年)10月31日 - 出札廃止(駅前旅館受託による簡易委託化)。
  • 1986年(昭和61年)11月1日 - 出札再開(簡易委託廃止)。
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、JR西日本の駅となる。
  • 1990年平成2年)11月1日 - 駅売店が閉店[8]
  • 1997年(平成9年)3月22日 - 同日のダイヤ改正に伴い無人化[3]
  • 2002年(平成14年)3月23日 - 当駅に乗り入れていた最後の急行列車「ちどり」「たいしゃく」が廃止された[2]
  • 2005年(平成17年)3月31日 - 庄原市(第2次)成立に伴い、所在地表示が広島県庄原市西城町八鳥になる。
  • 2006年(平成18年)
  • 2007年(平成19年)4月1日 - 芸備線復旧工事が完了し、全線で運転再開。

駅構造[編集]

駅構内(2010年9月)
転車台跡(2017年9月)

単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線、合計2面3線のホームを持つ地上駅。駅舎は木次線が使う単式ホーム側に設けられており、芸備線が使う島式ホームへは構内踏切で連絡している。開業当時は跨線橋があったが、太平洋戦争中に撤去された。

のりば[編集]

のりばは駅舎側から以下の通り。

のりば 路線 方向 行先 備考
1 E 木次線 - 出雲横田木次方面
2 P 芸備線 下り 備後庄原塩町方面 一部3番のりば
3 上り 東城新見方面
  • 本項ではJR西日本公式サイトの全域路線図[9]に従い路線記号・ラインカラーを表記している。
  • 3番線の外側には数本の側線がある。信号システム上、新見方面から1・2番線に直接進入することはできないため、新見方面から木次線に入る列車は一旦側線に到着し、入換で2番線に転線してから木次線に入る。ただし、2015年(平成27年)3月14日改正ダイヤでは側線を使う必要がある定期列車はなく、臨時運用限定で、2004年夏に新見駅 - 出雲坂根駅間で運転された快速奥出雲号で実績あり。
  • 当駅の信号機配置によって、構造上は次のような列車発着が可能である。すなわち、1番線;木次方面からの到着と木次方面への出発。2番線;三次または木次方面からの到着と全方面への出発。3番線と3番線外側の側線;新見または三次方面からの到着と新見または三次方面への出発。
  • 1番線の線路は当駅東側で2番線に合流しており、木次線から到着した列車の機関車等の入換えが可能な配線となっている。(当駅東側に1番線に対する出発信号機はない。)
  • かつては現在の2・3番線の島式ホーム内に、地元の飲食店「環翠楼」が経営する立ち食いそば・うどん店が在り、この店の名物に「おでんうどん」があった[10]。この他、駅弁販売も行われていたが、1990年3月ダイヤ改正で優等列車の急行「ちどり」が廃止されたため、同年10月31日の営業を以て全ての構内営業を終了している。「おでんうどん」はその後、駅付近のドライブインで提供されている[2]

利用状況[編集]

1日平均の乗車人員は以下の通り。

年度 1日平均
乗車人員
出典
1981年(昭和56年) 42

2002年(平成14年) 26 [11]
2003年(平成15年)
2004年(平成16年)
2005年(平成17年)
2006年(平成18年)
2007年(平成19年)
2008年(平成20年)
2009年(平成21年)
2010年(平成22年)
2011年(平成23年) 21 [12]
2012年(平成24年) 17 [12]
2013年(平成25年) 17 [12]
2014年(平成26年) 15 [13][12]
2015年(平成27年) 16 [12]
2016年(平成28年) 13 [12]
2017年(平成29年) 13 [12]
2018年(平成30年) 13

駅周辺[編集]

駅は山間部にあり、駅前から並走する国道183号線とは西城川の支流である小鳥原(ひととばら)川で隔てられている。国道へは広島県道234号備後落合停車場線で結ばれているが、小鳥原川を渡る橋(駅前橋)は東側へ90メートルほど行った場所にあり、橋に向かってゆるやかな下り坂となっている。

駅前には商店などはなく空き家が2軒ある。かつては県道の坂道の途中には川側には美容室新聞販売店・道後タクシーの営業所があったが、2019年10月の時点ではタクシーの営業所の建物のみが残る。タクシー営業所も無料の直通電話の設備があったが利用できない。坂道の終点であり小鳥原川を渡る橋の正面には、大きな木造2階建ての建物があるが、もともとは旅館であった。往時には深夜に到着する列車の乗り換え客が朝の列車が到着するまで仮眠を取るために使われるなど賑わったという。現在は宿泊営業はやめているが縁側にはタバコ販売の古いショーケースが置かれタバコなどを取り扱う商店として営業を続けている[14]

  • 国道183号
  • 国道314号
  • 道後タクシー落合営業所
  • 備後落合簡易郵便局
  • 庄原警察署八鉾警察官駐在所
  • ドライブインおちあい(当駅から1km程度西側に位置し、冬場には備後落合駅名物だったおでんうどんを販売)
  • 西城交通「落合駅前」停留所

隣の駅[編集]

西日本旅客鉄道
P 芸備線
快速(到着列車のみ)
道後山駅備後落合駅
普通(当駅で乗り換え)
道後山駅 - 備後落合駅 - 比婆山駅
E 木次線(普通列車のみ運転)
油木駅 - 備後落合駅

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ 芸備線・木次線は線路規格が低く高速化が困難であることから、次第に高速道路網の整備とそれに伴う高速バス路線の発展により、乗客を奪われていった[4]
  2. ^ 無人化当初の出札業務は駅前の旅館に委託されていたが[3]、現在は新見駅管理の無人駅となっている。
  3. ^ 牛山隆信は当駅を「日本一の秘境ターミナル駅」と述べている[2]
  4. ^ 転車台は1980年代前半まで利用されていた[2]
  5. ^ 当駅は岡山支社の管轄下に置かれており、比婆山方の芸備線上り場内信号機が広島支社との、油木方の木次線下り場内信号機が米子支社との管轄境界になっている。
  6. ^ 最終列車到着後、運転士は翌日の始発まで宿泊所で過ごす[2]
  7. ^ 木次線(木次方面)は季節によりトロッコ列車1本が追加される一方[5]、第2木曜日に一部運休がある。

出典[編集]

  1. ^ 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』JTB 1998年
  2. ^ a b c d e f g h i j k 長尾大生「目閉じれば往時の影絵 JR備後落合駅」『朝日新聞デジタル』朝日新聞大阪本社、2009年6月13日。オリジナルの2009年6月16日時点におけるアーカイブ。
  3. ^ a b c d 中国新聞』1997年3月22日朝刊県北版地域面「戦後は200人超、現在3人 備後落合駅とうとう無人 木次線運行 自動制御に(広島県)」(中国新聞社
  4. ^ a b c d e 発車1日たった11本、山間のターミナル備後落合駅に変化 乗客増の陰に地元の支え」『乗りものニュース』乗りものニュース編集部、メディア・ヴァーグ、2018年12月13日、2面。2020年8月8日閲覧。オリジナルの2020年8月8日時点におけるアーカイブ。
  5. ^ a b c d 発車1日たった11本、山間のターミナル備後落合駅に変化 乗客増の陰に地元の支え」『乗りものニュース』乗りものニュース編集部、メディア・ヴァーグ、2018年12月13日、1面。2020年8月8日閲覧。オリジナルの2020年8月8日時点におけるアーカイブ。
  6. ^ 発車1日たった11本、山間のターミナル備後落合駅に変化 乗客増の陰に地元の支え」『乗りものニュース』乗りものニュース編集部、メディア・ヴァーグ、2018年12月13日、3面。2020年8月8日閲覧。オリジナルの2020年8月8日時点におけるアーカイブ。
  7. ^ 中国新聞 1972年9月1日付
  8. ^ 備後落合駅便り 第3号” (日本語). 安芸矢口企画 (2003年2月2日). 2020年8月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年8月8日閲覧。
  9. ^ JR西日本全域路線図 (PDF)”. JRおでかけネット. 2016年4月21日閲覧。 (PDF)
  10. ^ 日本懐かし駅舎大全(辰巳出版、2018年4月)p.51より。ここに掲載されている写真の撮影日時は1988年6月。
  11. ^ 「飲食・小売の出店を科学する出店戦略情報局」のアーカイブデータ
  12. ^ a b c d e f g 国土数値情報 駅別乗降客数データ
  13. ^ 第2期庄原市生活交通ネットワーク再編計画 (PDF)”. 庄原市 (2016年3月). 2017年9月6日閲覧。
  14. ^ 目閉じれば往時の影絵 JR備後落合駅”. 朝日新聞 (2009年6月13日). 2015年2月14日閲覧。

関連項目[編集]