元千葉ロッテマリーンズ投手強盗殺人事件

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元千葉ロッテマリーンズ投手強盗殺人事件
場所

日本の旗 日本埼玉県

上尾市(被害者女性を襲撃した現場)
桶川市内の旧荒川(殺害現場)
日付 2004年(平成16年)11月18日
概要 かつてロッテオリオンズで活躍した元プロ野球選手の男が引退後、多額の借金に困窮して勤務先会社の会長宅に住み込みで働いていた家政婦女性を殴って気絶させ、川に突き落として殺害し、現金を奪った。
攻撃手段 手で殴る、川に投げ落とす
攻撃側人数 1人
死亡者

1人

埼玉県の産業廃棄物処理会社会長宅で働いていた67歳家政婦女性
損害 現金約175万円
犯人 小川博(元ロッテオリオンズ投手、産廃処理会社社員)
動機 借金を頼み込んで断られたこと
対処 逮捕起訴
刑事訴訟 無期懲役
管轄 埼玉県警察上尾警察署さいたま地方検察庁
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元千葉ロッテマリーンズ投手強盗殺人事件(もとちばロッテマリーンズとうしゅごうとうさつじんじけん)は、2004年(平成16年)11月18日、かつてプロ野球選手として活躍した小川博埼玉県上尾市内で起こした強盗殺人事件。

加害者の小川はプロ野球選手時代に一定の数字を残し、引退後は7年間コーチを務めたにも関わらず、引退後に「『球界関係者としては前代未聞の強盗殺人』を犯したセンセーショナルな事件」として注目された[1]

概要[編集]

名投手からの暗転[編集]

野球選手として活躍した小川博は高校時代に投手として3回甲子園に出場し、「群玉(群馬の玉三郎)」と呼ばれ、甲子園のアイドルとなる。高校卒業後、青山学院大学へ進学して、青学大野球部の躍進に貢献。大学4年時にドラフト2位でロッテオリオンズに入団。1988年にはオールスターに出場し、5者連続三振を奪い、伝説の10.19の第1試合ではロッテの先発投手を務めた。この年は自身初の2ケタ勝利を挙げ、両リーグ最多の204奪三振を記録し、最多奪三振のタイトル創設のきっかけを作るなどの実績があったため、翌年の年俸は2200万円に倍増した[2]。しかし、1989年に肩を痛めてから[3]低迷し、1992年に現役を引退した。

1999年までコーチ、2000年から2002年まで編成担当の球団職員を務めた。しかし、かつて大金を稼いでいた頃の浪費癖や遊興費、携帯電話のアダルトサイト使用料で借金を重ね[4]、金融機関だけでなく、かなりの数の知人に金を借りたため、小川自身の信用を貶めた。また、小川は離婚していたため、養育費や慰謝料、住宅ローンなども抱え込み、さらに経済的に追い詰められるようになった。

2002年11月に借金催促が球団にも及んだことが理由で解雇され、球界を離れる。2003年1月に埼玉県産業廃棄物処理会社に就職、2003年4月に1750万円の借金を抱え自己破産をした[5]。同年10月、再婚した妻と2人の子どもとさいたま市の賃貸マンションに引っ越したが、ヤミ金融数社から借金していたことも発覚した[2]

2004年夏頃、小川がさいたま市の浦和グラウンド選手控室に入ってすぐに姿を消したことが頻繁に見られていた事があった、ロッテ関係者によれば同時期に選手の所持品(ロレックスの腕時計等)やクレジットカードが無くなる事件が頻繁に見られ、窃盗の被害届が増えた事から「小川が犯人ではないか?」と噂になっていた[6]

強盗殺人[編集]

2004年11月18日午後6時30分、小川は当日中に返済が必要な3万円の金策のために上尾市にある勤務先の産廃処理会社の会長宅を尋ねた。会長は留守であったため、住み込みで働いていた家政婦の67歳女性が応対。小川は女性に金の無心をした[5]。しかし、同年8月に会長宅で室内が荒らされる事件や[7]同年11月に社員寮で50万円が盗まれる事件が発生しており、どちらも状況から社内の人間の犯行が疑われ、借金のある小川も疑いを受けていた。

女性は小川の依頼を断ろうとしたが、小川は土下座をして3万円を借りようとした。それでも女性が断ったことに逆上し、突き飛ばして気絶させた[2]。小川は居間から現金175万円を奪い[7]、更にその発覚を恐れて、気を失った女性を車に乗せ、約3km先の桶川市内の旧荒川に投げ入れた[8]。その後、奪った現金でヤミ金一社からの借金十数万円を返済した[5]

逮捕・裁判[編集]

2日後の11月20日に川で釣りをしていた男性が女性の水死体を発見、警察は遺体の状況から殺人事件として捜査した。女性水死体の身元の判明と「事件現場で女性を車で運ぶ大柄な男を見かけた」という目撃証言から、小川が容疑者として浮上していた[5]

小川は約1か月後の12月21日埼玉県警上尾警察署強盗殺人の容疑で逮捕された[5]。なお、産廃処理会社は逮捕前日に解雇されていた[7]。明けて2005年1月11日に起訴される[9]も、同年2月28日の初公判では殺意を否認した[10]

9月29日さいたま地裁(福崎伸一郎裁判長)は求刑通り小川に無期懲役の判決を下した[11]。この地裁判決の争点は、どの時点で殺意を持ったと裁判所が判断するかであった。検察側は借金を断られた時点で殺して金を奪おうと考えたと主張。裁判所は「借金を断られた事で、直ちに殺害し金を奪おうと考えたというのはあまりに飛躍がある」として検察の主張を退け、突き飛ばした時点で凶器等を使わなかった事から「女性をよそに運び出そうとした時点で殺害する決意があった」と計画性の薄い事後的強盗殺人として認定した。裁判長は、被害者の顔面が赤紫色に変色するまで殴りつけたことについて、「犯行態様は、冷酷・悪質・残虐である」と小川を非難した[12]

小川は「無期懲役は重過ぎる」と量刑不当を理由に、東京高等裁判所控訴していたが、2006年2月23日、東京高裁(仙波厚裁判長)は一審のさいたま地裁判決を支持し小川側の控訴を棄却、二審でも無期懲役の判決を受けた[13]。同裁判長は、判決の中で「引退後も浪費を重ねて金銭的困窮に陥ったのが原因で、動機に酌量の余地はない」と述べた。

脚注[編集]

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  1. ^ 元ロッテ投手に無期懲役判決 「見境なく借金」断罪 さいたま地裁=埼玉 読売新聞 2005年9月30日 東京朝刊35頁
  2. ^ a b c 3万円に窮して…強盗殺人 奪三振王、最悪の暴投 元ロッテ投手・小川博容疑者 読売新聞 2004年12月25日 東京夕刊19頁
  3. ^ ロッテ・小川博投手が現役登録抹消 1989年5月28日 読売新聞 東京朝刊18頁
  4. ^ 元ロッテ投手に無期懲役判決 「見境なく借金」断罪 さいたま地裁=埼玉 読売新聞 2005年9月30日 東京朝刊35頁
  5. ^ a b c d e 家政婦殺害 小川容疑者、動機は借金3万円 事件当日が返済期限=埼玉 読売新聞 2004円12月22日 東京朝刊34頁
  6. ^ 元奪三振王ロッテ小川 借金苦で67歳女性を殺害!川に投げ込む非道ぶり”. デイリースポーツ (2013年10月10日). 2014年2月28日閲覧。
  7. ^ a b c 埼玉・桶川の家政婦強殺 元ロッテ投手を逮捕 小川博容疑者、借金断られ犯行 読売新聞 2004年12月22日 東京朝刊39頁
  8. ^ 埼玉・家政婦強殺 元ロッテ投手小川容疑者、30分後「ヤミ金」期限 読売新聞 12月23日 東京朝刊31頁
  9. ^ 元ロッテ投手を強盗殺人で起訴 さいたま地検=埼玉 読売新聞 2005年1月12日 朝刊30頁
  10. ^ 埼玉・桶川の家政婦強殺 初公判 被告の元ロッテ投手、殺意を否認 2005年2月28日 読売新聞 東京夕刊22頁
  11. ^ 桶川の家政婦強殺 元ロッテ投手に無期判決/さいたま地裁 読売新聞 2005年9月29日 東京夕刊23頁
  12. ^ 元ロッテ投手に無期懲役判決「見境なく借金」断罪 さいたま地裁=埼玉 読売新聞 2005年9月30日 東京朝刊35頁
  13. ^ 埼玉の家政婦強殺 元ロッテ投手に2審も無期判決/東京高裁 読売新聞 2006年2月23日 東京夕刊23頁

関連書籍[編集]

  • 地獄に堕ちた有名人. 宙出版. (2007-03-01). ISBN 978-4776721666.