先制的内戦戦略

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先制的内戦戦略(せんせいてきないせんせんりゃく)とは、日本の新左翼の一派である中核派の1970年代以降の政治思想の一つで「現状の日本は、いわゆる革命前夜の状況下にあり、革命の起爆剤として各種武装闘争を展開する」というものである。

概要[編集]

1970年代、中核派は現状を「革命と反革命の内戦の時代」と規定して、「内乱的死闘の70年代」のスローガンを掲げて武装闘争路線を進めた。

1971年、革マル派との内ゲバが激化すると、中核派は「警察=革マル派」という「K=K連合」説を唱え、「カクマルせん滅」の「全面戦争」を宣言した。更に70年代内乱の先陣として革マル派を殲滅するという「先制的内戦戦略」を打ち出した[1][2]

1991年、中核派は「五月テーゼ」を発表し、当面は大衆闘争に重きを置くこととし、この先制的内戦戦略は事実上先送りされることとなった。

参考文献[編集]

  • 月刊治安フォーラム編集部編『あばかれる過激派の実態』立花書房、1999年

出典[編集]

  1. ^ 『新左翼運動40年の光と影』渡辺・塩川・大藪編(新泉社、1999年9月)
  2. ^ 『つぶせ侵畋派兵: 現代の戦争と中核派の主張』(前進社、1991年)p186

関連項目[編集]