全州李氏

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全州李氏
전주이씨
王家
Imperial Seal of the Korean Empire.svg
Flag of the king of Joseon.svg 李氏朝鮮
Flag of Korea (1899).svg 大韓帝国
当主称号 朝鮮王
大韓帝国皇帝
創設 1392年8月5日
家祖 李翰
最後の当主 純宗(王家としての滅亡)
現当主 李源(第31代)
滅亡 1910年8月29日韓国併合によって滅亡)
民族 朝鮮民族?
分家 多数
著名な人物 太祖
世宗
興宣大院君
高宗
李承晩
全州李氏
各種表記
ハングル 전주이씨
漢字 全州李氏
発音 チョンジュイシ
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全州李氏の紋章「李花紋」

全州李氏(ぜんしゅうりし、전주이씨、チョンジュイシ)は、朝鮮氏族の一つ。本貫全羅北道全州である。14世紀李成桂が出て李氏朝鮮を建国した。

概要[編集]

始祖は新羅で司空を務めた李翰。李成桂は李翰から数えて22代子孫とされているが王族の李姓を持つものは女真族ではないかと言われている。李成桂の父李子春はモンゴル名の吾魯思不花と明記されている。李子春の同母兄李子興は塔思不花、李子春の兄弟も完者不花、那海などモンゴル名を持っていた[1]

李翰は、新羅で「司空」という役職に就いていたと『太宗実録』など李氏朝鮮時代の歴史書には記録されており、統一新羅時代から高麗時代にかけて全州地方に勢力を持っていた有力地方豪族だという説がある一方で、李翰の中国渡来説があり[2]、これは全州李氏の記録である『完山実録』には、「李翰は元々は、中国に住んでいたが、海を渡って新羅に渡来した」と記録されており、また『李氏得姓之由來(이씨득성의유래)』には、「李翰は本来は中国の唐朝帝国の末裔であり、李翰の新羅への渡来以降代々全州に住んでいた」と記録されていることを証拠とする[2]

李氏朝鮮時代、王族は王朝の機構の一つである宗簿寺で管理されていた。現在、全州李氏の宗親会としては全州李氏大同宗約院があり、宗廟祭礼祭を行っている。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^
  2. ^ a b “김성회의 뿌리를 찾아서 <17> 전주이씨(全州李氏)”. 世界日報. (2011年10月9日). オリジナルの2017年9月16日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20170916181712/http://www.segye.com/newsView/20111018004055 

参考文献[編集]

  • (朝鮮語) 全州李氏 - 全州李氏大同宗約院公式サイト