全日本おばちゃん党

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全日本おばちゃん党(All Japan Obachan Party、AJOP)(ぜんにほんおばちゃんとう)は、特定非営利活動法人ヒューマンライツ・ナウに所属する谷口真由美法学者)が2012年9月に発足させた市民団体Facebookをベースに活動していたが、2019年12月31日に解散した[1]

概要[編集]

  • 2012年9月に、谷口がFacebook上で発足を宣言[2] 。当時日本国内で実施されていた民主党代表選挙自由民主党総裁選挙に女性の候補者がいなかったことや、谷口の地元・大阪府に基盤を置く大阪維新の会国政への進出を視野に日本維新の会を結党したことを背景に、「『全日本おばちゃん党』でも立ち上げようか」と投稿したことがきっかけになった。谷口によれば「シャレのつもりで投稿した」とのことだが、投稿に呼応するコメントが相次いで寄せられたため、Facebook上に専用のグループページを作ることで「結党」に至った。「結党」と同時にFacebook上で「党員」を募ったところ、翌朝には300人、2日目には500人を超えたという[1]
  • 「おせっかいで困った人をほっとかれへん(放っておけない)」というおばちゃん同士の井戸端会議のように、「党員」同士が対等の立場と日常生活で使う言葉を通じて対話や議論を重ねながら、政治に対する意識を高め合うこと(ボトムアップ)を志向。活動の目的にも、「オッサン政治にシャレとユーモアでツッコミを入れる」ことを挙げていた。
  • 「党員」は2013年5月の時点で2800人[3][4]だったが、後述する活動で注目を集めたことや、谷口が各種メディアで活動する機会が増えたこともあって、解散の時点では6000人を超えていた[1]。ただし、活動のベースをFacebook上に置いていたため、党の活動へ参加するにはFacebookのアカウントを取得することが求められた。さらに、男性であることを自認している人物の参加を認めていなかった。
  • 「党」を名乗ってはいたものの、日本の政治資金規正法で規定される政党への発展や特定党派への支持までは志向せず、あえて「代表」を置かなかった。発足を宣言した谷口自身も、あくまで「代表代行」を名乗っていた。しかし、「党員」が増えるにつれて、日本国内の朝鮮学校における授業料の無償化や夫婦別姓などをめぐって、「党員」の賛否が割れる事態が続出。「党員」同士の対等な関係を想定していたにもかかわらず、「代表代行」の谷口に意見や仲裁を求める「党員」が相次いだこともあって、意見の収拾が付きにくくなっていった。さらに、谷口以外に仲裁役を担っていた「党員」の一部は、党と距離を置きながら、個人の立場で国政選挙地方選挙へ出馬するようになった。これに対して、谷口は「オッサンみたいに執着したくないから、自分で開いたものは潔く自分で閉める」として、2019年の11月に党の解散を発表。同年12月31日付で活動を終了した[1]
  • ちなみに谷口は、実父の龍平が近鉄ラグビー部の選手・コーチだった縁で、2019年6月から日本ラグビーフットボール協会の理事に就任。就任以来協会での職務が多忙を極めていることから、当団体の活動終了に続いて、2020年3月末でメディアにおける活動からも退いた。

活動[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g 全日本おばちゃん党、解散 オッサン社会にツッコミ7年朝日新聞2020年1月1日
  2. ^ 全日本おばちゃん党:「オッサンくさい政治飽きた」と始動毎日新聞2012年11月22日 2012年12月10日閲覧。
  3. ^ a b 橋下氏発言、8言語に翻訳 「アホな話と思わへん?」 共同通信2013年5月17日
  4. ^ 全日本おばちゃん党:始動 大阪の中年女性中心に、Facebookで「党員」1000人超 谷口真由美さんに聞く毎日新聞2012年12月05日東京朝刊,2012年12月10日閲覧。