八島健三

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八島 健三
個人情報
国籍 日本
生誕 (1902-04-06) 1902年4月6日
スポーツ
競技 長距離走
種目 マラソン

八島 健三(やしま けんぞう、1902年4月6日 - 没年不明)は、日本の長距離走選手。

経歴[編集]

北海道出身。稲穂小学校に学ぶ[1]。小樽中学校(現在の北海道小樽潮陵高等学校)在学中に[2]1920年アントワープオリンピックにマラソンで出場[3]。2時間57分20秒0で21位だった[4]。北海道出身者としては初のオリンピック選手である[5]。1921年には第5回極東選手権競技大会のマラソンに出場[6]

のち明治大学に進み、箱根駅伝に出場[4]。1923年から1928年まで6年連続出場、5年連続(1928年を除く)で各区間賞を獲得した。

脚注[編集]

  1. ^ 小樽市総合博物館のfacbookへのポスト(2019年1月22日)[1]。当時の校長稲垣益穂は膨大な記録(稲垣益穂日誌)を残しており、八島も登場する。
  2. ^ 中澤 2010, 41頁.
  3. ^ Kenzo Yashima Olympic Results”. sports-reference.com. 2012年10月9日閲覧。
  4. ^ a b 箱根駅伝出身五輪出場一覧 <開催年順>”. 箱根駅伝公式Webサイト. 2009年12月30日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2019年10月28日閲覧。
  5. ^ “永遠ライバル北海&札商ホッケー五輪代表11人輩出”. 日刊スポーツ. (2020年1月29日). https://www.nikkansports.com/sports/news/202001290000146.html?Page=3 2020年2月6日閲覧。 
  6. ^ その輝かしい黎明期 明治40年(1907年)~大正15年(1926年)”. 競走部の歴史. 明治大学体育会競走部. 2020年2月6日閲覧。

参考文献[編集]