一関八幡神社

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一関八幡神社相殿田村神社
所在地 岩手県一関市
位置 北緯38度55分22.6秒
東経141度7分53.5秒
座標: 北緯38度55分22.6秒 東経141度7分53.5秒
主祭神 誉田別命
坂上田村麻呂
田村輝定
社格 旧郷社
創建 延暦年間(782年806年
例祭 4月18日(田村神社)
9月15日(一関八幡神社)
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一関八幡神社(いちのせきはちまんじんじゃ)は岩手県一関市にある神社である。相殿の田村神社とあわてせ一関八幡神社相殿田村神社とも。岩手県一関の総鎮守として知られる。

由緒[編集]

延暦年間(782年806年)に坂上田村麻呂東夷平定の際に館山に陣営を敷き、諏訪の大神(諏訪大社)に勝利を祈願したのが始まりとされる。

康平4年(1061年)に前九年の役安倍貞任を征伐する源頼義義家父子が田村麻呂と同じく館山に陣を敷き、合戦の祈願のために奉幣使として中原大夫清房を伊勢の神宮石清水八幡宮へと使わせたところ、両宮の大御神の御神託を賜って、この地の八方に八幡宮を勧請した。その第一社が現在の一関八幡神社である。

祭神[編集]

歴史[編集]

天正2年(1574年)に八雲神社を、文禄(1593年)に諏訪神社を再奉して、寛文2年(1662年)に一関藩主伊達宗勝により現在の地へと遷座された。

元禄7年(1694年)に一関藩へと赴任した初代田村藩主田村建顕が、この地に田村麻呂を慕う人々が多いことから代拝参宮として伊勢へと伊藤惣助をへ使わしたさいに、滋賀県甲賀市田村神社の御分霊を田村神社として一関八幡神社の相殿へと併せ祀った。以来田村氏の崇敬神社となり、一関の総鎮守とされた。

明治4年に郷社、明治8年村社、昭和5年に郷社へと列する。

昭和46年12月に社殿が全焼し貴重な文化財(田村建顕公、射的奉納弓矢、算額等)を焼失。昭和48年に氏子崇敬者の奉賛によって現在の社殿が再建された。

摂末社[編集]

祭事[編集]

名所・旧跡[編集]

  • めおと親子杉(家族杉)

現地情報[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

出典[編集]

参考文献[編集]

関連項目[編集]