八桙神社

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八桙神社
所在地 徳島県阿南市長生町宮内463
位置 北緯33度55分12.7秒
東経134度36分58.9秒
座標: 北緯33度55分12.7秒 東経134度36分58.9秒
主祭神 大己貴命
社格 式内社旧郷社
創建 (伝)753年天平勝宝5年)
別名 八鉾神社
地図
八桙神社の位置(徳島県内)
八桙神社
八桙神社
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八桙神社(やほこじんじゃ)は、徳島県阿南市長生町に鎮座する神社である。

歴史[編集]

天平勝宝5年(753年)の創建とされる。元慶7年(883年)、従五位上を授けられる。長寛元年(1163年)に二条天皇勅願所となり、紺紙金泥法華経を奉納され田地5反を神領として寄進された。『土佐日記』によれば、紀貫之が海賊を避けるため祈願したとされる。

古事記』にまつわる大国主命を祀った延喜式内社で、大己貴命立像や男神立像などは国の重要文化財に指定されている。中でも神社が所有する1163年長寛元年)の「二品家政所下文」は、徳島県に現存する最古の文書といわれている。

祭神[編集]

  • 祭神について『神名帳考證』、『阿波志』では八千矛神、『特撰神名牒』、『大日本史神祇志』では祭神八桙神は建御名方神の子または曾孫としており[1][2]、『諸系譜』第六冊の「長公系図」には、弟を意味する「イロト(色止・伊呂止)」を名にする伊侶止命の子に八上乃命(やかみのみこと)があげられており、これが八桙神、つまり建御名方神の子・八杵命にあたると考えられる[3]

境内社[編集]

  • 奥山神社
  • 天神社
  • 山神社
  • 大将軍神社

文化財[編集]

重要文化財(国指定)
  • 木造大己貴命立像
  • 木造男神立像
  • 紙本墨書二品家政所下文1巻(附 紺紙金泥法華経8巻)

交通[編集]

参考文献[編集]

  1. ^ 延川和彦「諏訪氏系図」『修補諏訪氏系図.正編』飯田好太郎、大正10年、18頁。
  2. ^ 宝賀寿男『長髄彦の後裔とその奉斎神社』2008年
  3. ^ 宝賀寿男『長髄彦の後裔とその奉斎神社』2008年