兼山駅

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兼山駅
Kaneyama.jpg
かねやま
KANEYAMA
兼山口 (1.3km)
(1.8km) 中野
所在地 岐阜県可児郡兼山町(現可児市
所属事業者 名古屋鉄道
所属路線 八百津線
キロ程 3.6km(明智起点)
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
乗降人員
-統計年度-
338人/日
-1992年[1]-
開業年月日 1930年昭和5年)10月1日
廃止年月日 2001年平成13年)10月1日
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兼山駅(かねやまえき)は、かつて岐阜県可児郡兼山町(現可児市)にあった、名古屋鉄道八百津線である。同線の廃線に伴い、2001年平成13年)9月30日限りで営業を終了し、翌10月1日廃駅となった。

駅構造[編集]

昔は交換設備や側線があり比較的構内は広くなっていたが、廃止時点では使用停止となり駅舎の反対側のみ使用の島式1面1線の無人駅になっていた。なお、無人化されても駅舎は残っていた。廃止時点では窓口はベニヤ板で固く覆われていた。

廃止後に駅舎は解体され、線路なども撤去され「みんなの駅ひろば」として整備されている。

配線図[編集]

兼山駅 構内配線略図

明智方面
兼山駅 構内配線略図
八百津方面
凡例
出典:[2]


駅周辺[編集]

歴史[編集]

  • 1930年(昭和5年)4月30日 - 東美鉄道の伏見口(現・明智)・当駅間開業により開設。
  • 1930年(昭和5年)10月1日 - 当駅・八百津間開業。途中駅となる。
  • 1940年(昭和15年)6月7日 - ダム建設専用鉄道(0.6km ガソリン機関車)が開通[3]
  • 1943年(昭和18年)3月1日 - 名古屋鉄道が東美鉄道を合併。東美線の駅となる。
  • 1948年(昭和23年)5月16日 - 八百津線の駅となる。
  • 1969年(昭和44年)11月6日 - 無人化。
  • 2001年(平成13年)9月30日 - 八百津線全線廃止により廃駅となる。

乗客・貨物の推移[編集]

  • 『名古屋鉄道百年史』によると1992年度当時の1日平均乗降人員は338人であり、この値は岐阜市内線均一運賃区間内各駅(岐阜市内線・田神線・美濃町線徹明町駅 - 琴塚駅間)を除く名鉄全駅(342駅)中298位、広見線・八百津線(16駅)中12位であった[1]
  • 『岐阜県統計書デジタルアーカイブ』』による統計は以下の通り(1936-1954年は該当項目なし、1964年以降はネット未公開)
年度 乗車人員 降車人員 貨物発送トン 貨物到着トン
1930 19,444 19,142 149 1,312
1931 17,714 18,019 125 943
1932 14,481 14,673 106 950
1933 13,518 13,614 114 1,054
1934 14,085 14,405 111 962
1935 16,026 16,724 116 963
1955 151,206 100,788 451 1,133
1956 155,937 154,666 1,030 1,273
1957 174,350 173,356 775 1,449
1958 179,780 180,277 743 1,281
1959 185,736 188,010 1,513 783
1960 202,068 201,387 865 766
1961 206,502 206,961 0 0
1962 219,723 219,941 0 0
1963 228,969 230,836 0 0

隣の駅[編集]

名古屋鉄道
八百津線
兼山口駅 - 兼山駅 - 中野駅

脚注[編集]

  1. ^ a b 名古屋鉄道広報宣伝部(編)『名古屋鉄道百年史』名古屋鉄道、1994年、651-653頁。
  2. ^ 電気車研究会、『鉄道ピクトリアル』通巻第473号 1986年12月 臨時増刊号 「特集 - 名古屋鉄道」、付図「名古屋鉄道路線略図」
  3. ^ 日本発送電『地方鉄道及軌道一覧. 昭和18年4月1日現在』(国立国会図書館近代デジタルライブラリー)