内藤正敬

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内藤正敬
時代 江戸時代中期
生誕 宝永2年(1705年
死没 延享3年8月13日1746年9月27日
別名 仁左衛門(幼名)
官位 従五位下下総守
信濃岩村田藩
氏族 内藤氏
父母 父:内藤正友、母:側室某氏
兄弟 正能正敬正直
正室:板倉重高の娘
正弼(長男)、頼寛(次男)

内藤 正敬(ないとう まさゆき)は、江戸時代中期の大名信濃岩村田藩の第2代藩主。岩村田藩内藤家3代。

宝永2年(1705年)、初代藩主・内藤正友の次男として生まれる。兄の正能がすでに早世していたため、代わって嫡子となる。正徳元年(1711年)、父の死去により7歳で家督を継ぎ、弟の正直に1000石(岩村田知行所)を分知した。

享保2年(1717年)、徳川吉宗御目見する。

延享3年(1746年)8月13日に死去した。享年42。長男の正弼が家督を継いだ。

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