内藤頼愛

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内藤 頼愛(ないとう よりちか、天保6年11月26日1836年1月14日) - 嘉永7年閏7月27日1854年9月19日))は、信濃高遠藩内藤家の嫡子。第7代藩主・内藤頼寧の長男。正室は中津藩主・奥平昌高の娘。官位は大隅守。

高遠藩嫡子として生まれたが、家督を相続することなく20歳で早世した。代わって、弟の内藤頼直が嫡子となった。