内閣官房副長官補

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内閣官房副長官補(ないかくかんぼうふくちょうかんほ、Assistant Chief Cabinet Secretary)は日本内閣法に基づき内閣官房に置かれる官職のひとつ。定数は3人で、任免は内閣総理大臣の申出により、内閣において行う。国会議員がこの職に就任することはなく、国家公務員が任命される。

沿革[編集]

中曽根康弘内閣において、首相官邸の政策立案機能強化のために「内閣六室」体制が整備された。内閣総理大臣直属の企画調整機関として関係する省庁からスタッフを集め頭脳の集積をはかるのが目的だったが、互いに出身省庁の利害代表となる傾向が強く、報道等ではしばしば「有効に機能していない」と評されるなど日本の行政の中枢組織にふさわしい改革・改善が求められていた。その後、中央省庁再編にともない、内閣内政審議室、内閣外政審議室内閣安全保障・危機管理室の三室が廃され、内閣官房副長官補として新設されるに至った。主に財務省外務省警察庁又は防衛省出身の官僚が就任している。

所掌事務[編集]

内閣官房副長官補は「内閣官房長官内閣官房副長官内閣危機管理監及び内閣情報通信政策監を助け、命を受けて内閣官房の事務を掌理する」を本務とする(内閣法第18条第2項)。旧六室時代の反省をいかし、いわゆる縦割り行政の弊害を脱して横断的な行政機能を発揮させることが改組の目的の一つであったが、定数3人の内訳が従前と同じ内政担当(財務省出身者)、外政担当(外務省出身者)、安全保障・危機管理担当(警察庁防衛省出身者)となっているなど、入れ物の形式が変わっただけで中身の変革が伴っていない等々の指摘もあり、有効に機能しているとの評価は必ずしも得られていない。一方で、室・係等から独立官への指揮・決裁体制の変更による柔軟化、旧室長(各省の局長級)から副長官補(事務次官級)への格付け上昇に伴う意識改革(いずれ出身省庁に戻る局長級、訣別する事務次官級の出身省庁に対する公平性の差)を期待する意見もある[誰?]

内閣官房副長官を務めた的場順三大蔵省出身)はこうしたポストを上手にこなす要諦を「出身省庁に一番貧乏くじを引かせること」と語っている。

内閣官房には閣議決定に基づく数十の審議会や連絡会議・本部の事務局等が設置されている。副長官補とその部下はこうしたさまざまな種類の横断的な会合の庶務(連絡調整、資料の準備等)も担当する。

2014年(平成26年)1月7日に国家安全保障局が発足し、外政担当と安全保障担当の内閣官房副長官補が、国家安全保障局の局次長を兼任。4月1日、内政担当の内閣官房副長官補が宇宙開発戦略本部事務局長を兼任することになったが[1]、内閣官房のスリム化の一環として2016年(平成28年)3月をもって宇宙開発戦略本部事務局が廃止されて、事務機能が内閣府の宇宙開発戦略推進事務局に移管されたことを受けて兼任が解除された。

現任[編集]

  • 内政担当: 古谷一之(2013年4月3日 -)。宇宙開発戦略本部事務局長を兼任(2016年3月末まで)。前国税庁長官。
  • 外政担当: 兼原信克(2012年12月26日 -)。国家安全保障局次長を兼任。前外務省国際法局長)。
  • 安全保障担当: 中島明彦(2016年7月2日 -)。国家安全保障局次長を兼任。前防衛省地方協力局長。

歴代[編集]

内政担当官房副長官補[編集]

内政審議室長

外政担当官房副長官補[編集]

外政審議室長

安全保障担当官房副長官補[編集]

内閣官房副長官補室[編集]

副長官補(内政担当、外政担当)をトップに、政策の企画・立案及び総合調整を担当する組織として「内閣官房副長官補室」(通称「補室」)が設置されている。副長官補室は、厳密には法令上存在する組織ではない。内閣府本府庁舎の五階に置かれ、次官級の「副長官補」をトップに、「副長官補」を補佐する者(副長官補付)として、局次長級の「内閣審議官」(3名)、課長級の「内閣参事官」(約20名)が常駐し、各省庁の総合調整を担っている。ほか、内閣参事官の業務を補佐するために、参事官補佐・主査などの「内閣事務官」(約50名)が配属されている。臨時職員等も含めれば、副長官補室は総勢約90名に達する[2]

副長官補室は、副長官補、内閣審議官、内閣参事官、内閣事務官、という4つの階層構造で成り立っており、内閣参事官は、各省庁で課長級ポストを経験した者が配属されている。ほか、副長官補室は、内閣府金融庁警察庁総務省法務省外務省財務省文部科学省厚生労働省農林水産省経済産業省国土交通省環境省防衛省からの出向者で構成されている[2]

副長官補室は、各省庁の総合調整を行う唯一無二の組織とされ、自由民主党から民主党への政権交代直後、政府の総合調整を行う部署は副長官補室のみであり、国家戦略室が設置された際には、「結局、補室がそのまま国家戦略室になるのではないか」と言われていたという(実際、補室内に国家戦略室の併任者が数多く存在した)[2]

副長官補室の源流は、内閣直属の機関として、戦前・戦中に総合的な国策の企画・立案・調整にあたった企画院である[3]

脚注[編集]

  1. ^ 宇宙開発戦略本部 構成員
  2. ^ a b c 『特技懇』 264号 特許庁技術懇話会 p.72
  3. ^ 内閣調査局→企画庁→企画院→内閣参事官(内閣参事官室)・軍需省(移管)・内務省(移管)→綜合計画局→内閣調査局(第2次)→内閣審議室・内閣総理大臣官房調査室(独立)→内閣官房審議室・内閣総理大臣官房審議室(分離)→内閣内政審議室・内閣外政審議室→内閣官房副長官補(内閣官房副長官補室)

関連項目[編集]