前田優

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
前田 優
生誕 1924年8月26日
日本の旗 日本 兵庫県
死没 (2011-02-09) 2011年2月9日(86歳没)
日本の旗 日本 神奈川県横須賀市
所属組織 Naval Ensign of Japan.svg 大日本帝国海軍
No image available.svg海上警備隊
Flag of Coastal Safety Force of Japan 2012-03-04.jpg 警備隊
Naval Ensign of Japan.svg 海上自衛隊
軍歴 1944 - 1945(海軍)
1952 - 1954(警備隊)
1954 - 1983(海自)
最終階級 OF-1b - Kaigun Chui (coll).gif 海軍中尉(日本海軍)
JMSDF Admiral insignia (a).svg 海上幕僚長たる海将(海自)
テンプレートを表示

前田 優(まえだ まさる 、1924年大正13年)8月26日 - 2011年平成23年)2月9日)は、日本海軍軍人、海上自衛官。第14代海上幕僚長

略歴[編集]

兵庫県出身。旧制加古川中学校を経て海軍兵学校に入校。太平洋戦争中は空母「鳳翔」などに乗組む。戦後は復員業務に従事したのち海上警備隊に入隊。海上自衛隊では第1術科学校長佐世保地方総監自衛艦隊司令官等の要職を歴任し、第14代海上幕僚長に就任。2年余の任期中、海自にとって永年の懸案だった補給実施要領や自衛艦乗員服務規則など各種の内規を整備して実施に移したほか、P-3C部隊の新編、シーレーン防衛議論への対応などに務めた[1]

年譜[編集]

栄典[編集]

  • JPN Zuiho-sho (WW2) 2Class BAR.svg 勲二等瑞宝章 - 1994年(平成6年)11月3日

脚注[編集]

  1. ^ 朝雲新聞(昭和58年4月14日)「海空トップ交代」
  2. ^ 昭和19年3月25日 海軍辞令公報(部内限)第1386号 (防衛省防衛研究所)』 アジア歴史資料センター Ref.C13072096800 
  3. ^ 昭和19年4月15日 海軍辞令公報(部内限) 第1423号 (防衛省防衛研究所)』 アジア歴史資料センター Ref.C13072097300 
  4. ^ 昭和19年9月3日 海軍辞令公報 甲 第1583号 (防衛省防衛研究所)』 アジア歴史資料センター Ref.C13072100800 
  5. ^ 昭和20年3月5日 海軍辞令公報 甲 第1738号 (防衛省防衛研究所)』 アジア歴史資料センター Ref.C13072103600 
  6. ^ 昭和20年8月9日 海軍辞令公報 甲 第1794号 (防衛省防衛研究所)』 アジア歴史資料センター Ref.C13072104700 
  7. ^ 昭和20年8月15日 海軍辞令公報 甲 第1886号 (防衛省防衛研究所)』 アジア歴史資料センター Ref.C13072106900 
  8. ^ 昭和20年9月3日 海軍辞令公報 甲 第1903号 (防衛省防衛研究所)』 アジア歴史資料センター Ref.C13072107300 
  9. ^ 昭和20年10月6日 海軍辞令公報 甲 第1943号 (防衛省防衛研究所)』 アジア歴史資料センター Ref.C13072107800 
  10. ^ 昭和21年2月7日 第二復員省辞令公報 甲 第54号 (防衛省防衛研究所)』 アジア歴史資料センター Ref.C13072162400 
  11. ^ 昭和21年2月9日 第二復員省辞令公報 甲 第56号 (防衛省防衛研究所)』 アジア歴史資料センター Ref.C13072162400 
  12. ^ 昭和21年3月9日 第二復員省辞令公報 甲 第79号 (防衛省防衛研究所)』 アジア歴史資料センター Ref.C13072162600 
  13. ^ 総理庁官房監査課編 『公職追放に関する覚書該当者名簿』 日比谷政経会、1949年、18頁。NDLJP:1276156 
  14. ^ 『官報』号外第208号(平成6年11月4日)
  15. ^ 『官報』本紙第5516号(平成23年3月16日)